「沙織さん、絶対 面白がってるよなー」
「しかし、何をやっても、必ず大儲けするところが、さすがというか、才能というか」
「でも、沙織さん、エスメラルダさんの引退後も ずっと、エスメラルダさんの故郷の島に 小麦粉を送り続けてあげてるんだって。25キロを3袋、それを毎日っていうことは、1年間で2万7千トン。島の人たちは おかげで飢えずに済んでるって、昨日、エスメラルダさんから お礼の手紙が届いたんだ。兄さんたち、今は エスメラルダさんの故郷の島にいるみたい」
「へー。沙織さん、ただの業突く張りかと思ってたら、いいとこ あるじゃん」
「エスメラルダが ついていれば、一輝の居場所も多少は目星がついて、瞬も安心できるというわけか」
沙織の計画は、大抵の場合、関わった人間たちを(基本的に)皆、幸福にするのだ
彼女は、そのついでに多額の利益を得ているにすぎない(のかもしれない)。

「まあ、誰もが、それぞれの場所、それぞれの立場で 自らの務めを果たしつつ、精一杯生きているということで いいじゃないか」
氷河が 彼にしては珍しく、素直に綺麗に事態をまとめようとする。
それが本当に珍しいことだったので、星矢は かえって引っ掛かりを覚えることになった。
「そういや、おまえ、今回は やけに素直で物わかりがよかったな。瞬を美少女アイドルとして不特定多数の男共の目に さらすなんて、おまえが いちばん嫌がりそうなことなのに」
氷河は、今更ながらの星矢の疑念を 微苦笑でやり過ごそうとしたようだったが、
「実は おまえ、エスメラルダの熱烈なファンだったんじゃないのか? どうこう言って、彼女は やはり瞬に似たところがあった」
という紫龍の言葉のせいで、氷河は その件を笑いに紛らして やり過ごすことができなくなった――らしかった。

「下種な勘繰りはやめろ! いくら瞬に似ているからといって、瞬でない人間を 瞬と混同するような真似を、この俺がするわけないだろう! 俺はただ、沙織さんから、一輝に恋人ができたら、瞬のブラコンが治るかもしれないと言われただけだ。沙織さんが何を言っているのか わからずにいたら、一輝の失踪事件の話が始まって、俺は 余計な口を挟まず、事の成り行きを静観していた方が よさそうだと判断し、賢明にも沈黙を守っていただけだ!」
「……」

氷河は やたらと偉そうに 自分の潔白を主張するが、それは 要するに、彼が沙織の目論みに乗せられていた――沙織の根回しが完璧だったことの証左でしかなかった。
沙織は、“エスメラルダ”で最後の大儲けをするために、その事業の最大の障壁となるだろう氷河を、瞬のブラコン解消というエサで 手懐けていたのだ。
ここは、『さすがはアテナ』と言うべきところなのか、氷河の さもしい根性を なじるべきところなのか。
アテナとの付き合いの長い彼等にも、それは わからなかった。

ただ、そんな彼等にも ただ一つだけ わかることがあったのである。
それは、この地上世界と地上世界に住む人間たちを自分の思い通りに支配したいのなら、大掛かりな洪水や惑星直列を起こす必要はないということ。
そんな面倒なことをしなくても、確かに沙織は この地上世界に君臨する ただ一人の女神だった。






Fin.






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