多少の ぎこちなさ、不自然さはあったが、20XX年元旦は、平和に過ぎていった。 「お雑煮と お汁粉が用意できるそうなんだけど、どっちにしますかって」 という厨房からの伝言を持って、瞬が仲間たちの前に現れたのは、沙織の祝福が開始されて2日目の朝。 瞬に問われた氷河が、数秒の間を置いてから、 「本物の瞬だな」 と、瞬に確認を入れる。 「はい」 瞬が頷くのを確かめてから、氷河は彼のオーダーを口にした。 「無論、雑煮だ。豆を甘く煮る日本人の味覚にはついていけん」 「そっちが偽物の瞬。偽物の瞬が雑煮なら、俺は汁粉だ」 まず氷河を指差してから、一輝は 本物の瞬に、氷河とは違うものを指定した。 一輝の 物言いが気に障ったらしく、氷河が むっとした顔になる。 「俺への対抗意識で、無理に苦手な甘いものを食うとは、ガキの振舞いとしか言いようがないな。この偽物め」 「貴様への対抗意識で、貴様と違うものを食うわけじゃないぞ、偽物の瞬。俺は本物の瞬と同じものを食うと言っているんだ。本物の瞬、おまえは汁粉だろう?」 「そうですけど……」 「うむ」 本物の瞬に いちいち“本物の”という連体詞をつけて呼ぶ必要が どこにあるのか。 当人は そうせずにいられないから そうしているのかもしれなかったが、その辺りの心情は余人には量り難い。 瞬は、兄や氷河に“本物の瞬”と呼ばれるたび、居心地が悪そうにしていたが、その呼び方に 違和感を覚えているのは、星矢も同じだった。 今のところ、氷河と一輝が 本物の瞬と偽物の瞬を取り違えて 騒動を起こす――という事態は生じておらず、沙織の目論み通り、氷河が一輝を怒鳴りつけたり、一輝が氷河に殴りかかったりするような事態も発生していない。 だが、『怒声が響かず、殴り合いにならなければ、その世界は平和である』とは、一概には言えない――そんなことは誰にも言うことはできないのだ。 「ちゃんと一輝が一輝に見えて、氷河が氷河に見えてる俺の方が混乱するんだけど……。俺には一輝に見えてるものが、氷河には瞬に見えてて、俺には氷河に見えてるものが、一輝には瞬に見えてる――って、それは わかってるんだけど、あの二人が何かしたり、言ったりする前に、本物か偽物か確認するために一瞬 入る間が、俺の調子まで狂わせるっていうか何ていうか……」 「それは俺も同じだが――しかし、確かに いつもより静かだな。一輝が城戸邸にいて、こんなに静かだったことは、かつて なかったことだ」 「そりゃあ、偽物って わかってても瞬に見えてるんだから――」 言いかけて、星矢は首をかしげることになったのである。 思い出すのも不愉快至極なリュムナデスのカーサ戦において、偽物と わかっていたにしても、瞬(に見えているもの)を完膚なきまでに殴り倒してのけたのが、瞬の兄、フェニックス一輝という男だったことを思い出して。 甘ちゃんの氷河はともかく 一輝なら、偽物の瞬(= 氷河)を怒鳴りつけることは もちろん 偽物の瞬(= 氷河)を殴り倒すくらいのことは容易にできるはずなのだ。 それを なぜか、一輝は、今回に限って 実行しない。 それは、実に奇妙なことだった。 |