ここはどこだろう。 ――と訝っていたのは、ほんの数秒だけだった。 僕は、その真っ白い空間に見覚えがあった。 見覚えがある――というのは、変な言い方だけど。 そこは、本当に何もない 真っ白な空間で、見て記憶できるようなものは何もなかったから。 あの時の夢――僕を変えた、綺麗な夢。 あれから10年の時が経った。 今まで、よく生きてこれたものだと思う。 兄さんに幻滅されないため、あの人との約束を守るため。 僕は、明日、聖域に行く。 聖闘士になって初めて、アテナに拝謁するんだ。 そして、氷河――僕の綺麗な人。 あの人は、聖闘士になれたら聖域に来いと、僕に言った。 僕が聖闘士になれたら、褒めてやるからって。 あの人は、約束通り、僕を褒めてくれるだろうか。 あの人に会えるかもしれないっていうんで、僕は緊張してたのかな。 死を覚悟していた、10年前の僕と同じくらい? なかなか寝付けなくて――だから、ここに来てしまったんだろうか。 真っ白い世界。 僕と あの人しか存在しない世界。 もしかしたら、アテナが僕を ここに導いてくれたんだろうか。 でも、何のために? 僕は 一瞬 戸惑って――でも、その答えはすぐにわかった。 小さな子供が泣いていた。 見事な金髪の子供。 僕の氷河も、こんなふうに、髪そのものが光を放ってるみたいに素晴らしい金色の髪をしていた。 こんな髪の持ち主が 僕の氷河の他にもいるなんて、僕は考えたこともなかった。 ああ、でも、この子はまだ小さな子供だ。 僕の氷河とは違う。 僕の氷河は強くて――厳しくて 恐くて 優しいけど 強くて――きっと こんなふうに泣いたりしたことなんてなかったはず。 そんな姿、想像もできない。 この子は どうして泣いているんだろう。 「どうして、泣いているの」 僕の氷河と同じ金色の髪。 少しでも僕の氷河に似たところのある子が こんなふうに泣いているなんて、放っておけない。 僕は その子を慰めてあげたくて――そのために、視線を その子と同じ高さにして、できるだけ優しく尋ねたつもりだったんだけど、その子供は、まるで手負いの獣が 我が身を敵から遠ざけようとするみたいに鋭い声で、 「泣いてない!」 って、怒鳴り返してきた。 その鋭さに驚いて、気圧されて、僕は僅かに たじろいだ――僕は聖闘士なのに――聖闘士になったのに。 聖闘士だから、さすがに逃げ出したりはしなかったけど。 「でも……」 「うるさい! 俺は泣いてなんかいないんだ!」 そんなこと言うけど、君の瞳は涙でいっぱいだよ。 「ごめんなさい……」 僕は その子に謝るしかなかった。 そうしたら その子は気が抜けたみたいな素振りを見せて、僕の顔をまじまじと見詰めてきた。 それで、僕は気付いたんだ。 髪だけでなく――涙でいっぱいの その子の瞳が――瞳も――僕の氷河と同じ青色をしていることに。 青色って一言で言っても、いろんな青があるものだけど、その子の瞳の青は、ほんとに すっかり僕の氷河の瞳と同じ青色だった。 僕の氷河が子供の頃って、こんなふうだったんだろうか。 そう考えてから、僕は ある可能性に気付いた。 10年前、僕の氷河は 多分、17、8歳だった。 今は27、8のはずだから、僕の氷河に この年頃の子供がいても おかしくないんだ。 この子は多分、7、8歳くらいだもの。 やだ。赤の他人かもしれないのに、僕の氷河と同じ金髪、僕の氷河と同じ青い瞳だから、つい。 陽光、空、海、青い花――何を見ても、あらゆることを 氷河に結びつけてしまう僕のこの癖は、一生 治らないのかな。 そんな自分に 内心で苦笑して、僕は もう一度、その子に尋ねた。 「ここはどこ?」 ここがどこなのか、二度目の僕にもわからないのに、この子が知ってるとは思えなかったけど一応。 「どこって、マーマと俺の家の俺の部屋だよ。勝手に入るな」 「君の家?」 そうじゃないことは わかってたんだけど、念のために 僕は辺りを見まわした。 その子も 僕と同じことをして、暫時 あっけにとられたような顔になる。 「ここ、どこだよ。俺はマーマと俺の家にいたのに――寝台に転がってたのに……」 そうだね。 普通の人間は、自分の意思で こんなところに来たりしない――そんなことができるはずがない。 でも、この子の身に何が起きたのか、僕には わかるような気がしたんだ。 同じようなことを、僕も10年前に経験していたから。 あの時の僕と同じことが、この子の身にも起きたんだ、きっと。 でも、何のために? |