大きな白いプレートに、イチゴが山のように積まれ、その山の頂は雪のように真っ白なシャンティクリームで覆われている。
雪山の麓には山小屋のようなイチゴのタルト、その横にはイチゴソースの湖。
スーパー・スペシャル・ビックリ・サンダー・ストロベリーマウンテンなる名前のデザートがテーブルに運ばれてくると、瞬は瞳を輝かせて 満面の笑みを浮かべた。
そうして、その威容に驚き呆れている氷河に 不思議そうに尋ねる。

「せっかくストロベリー・フェアに来たのに、コーヒーだけでいいの?」
「そのスーパー・スペシャルなんとかを見ただけで、俺の腹と胸は いっぱいになった」
「氷河の おなかと胸って、器用だね。でも、せっかく来たんだから、一口だけでも――」
瞬が、クリームまみれのイチゴを1粒 スプーンの上に載せ、それを氷河の前に運ぼうとする。
瞬の その厚意を謹んで遠慮するために、氷河は慌てて 瞬の前に一つの疑問を提出したのである。
「しかし、なぜ ここのストロベリー・フェアでなければならなかったんだ? 冬場は、都内のほぼすべてのホテルのカフェで ストロベリー・フェアが開催されていたのに、おまえは まるで乗り気ではなかっただろう」
言いながら、氷河がコーヒーカップを手に取り、口許に運ぶ。
瞬のスプーンは、二人の間で行き場を失うことになった。

「そうだけど……。春のストロベリー・フェアは、ここだけだったんだもの。ここ以外のストロベリー・フェアは、真冬に始まって、もう とっくに終わってる。ここ以外のストロベリー・フェアは全部、冬のストロベリー・フェアだったんだよね」
「冬のフェアでは駄目なのか」
「ん……。最近は、クリスマスケーキに使うせいもあって、日本のイチゴの消費量は冬場がいちばん多いらしいけど、本来イチゴの旬は春でしょう。初春に花をつけて、実を実らせるのが自然なの。イチゴはやっぱり春に食べたいよ。ここのフェアで使っているイチゴは、ハウスでの促成栽培物じゃなく露地栽培のイチゴなんだ」
「促成栽培のイチゴと露地栽培のイチゴでは 味が違うのか」

言葉とコーヒーで、氷河は あくまでクリームまみれのイチゴを拒む。
仕方がないので、瞬は、イチゴを乗せたスプーンを自分の口に運んだ。
そして、幸せそうな笑みを浮かべる。
「野菜や果物や穀物の人工栽培って、世界の食糧事情を考えれば必要なことだと思うけど、でも やっぱり、旬のものが いちばんおいしいよ。イチゴは春!」
瞬の その意見に、氷河は異論はなかった。
見ただけで胸やけを起こしそうなクリームを食さずに済み、瞬が嬉しそうな笑顔を見せてくれるのなら、文句を言う筋合いはない。

「そういえば、昔、農耕神クロノスがギリシャ世界を支配していた黄金の時代、世界は常春で季節がなかったそうだぞ。ゼウスがクロノスに取って代わると、銀の時代になって、地上世界には 初めて四季ができたということになっている」
「四季のない時代って、秋に種を蒔いて春に収穫する野菜や花っていうのはなかったのかな。冬の寒さがあって 初めて実る冬越し植物って多いのに。冬のない常春の世界じゃ、桜だって咲けないよね。お花見ができなかったら、星矢が激怒するよ」
「あいつは団子さえあればいいんだろう」
「そんなこともないと思うけど……。お花見って、冬があって、春が来て――そういう季節の移り変わりを感じて喜ぶ行事だし。寒い冬を耐えて、やっと春になったから、みんなが お花見で浮かれるんでしょう。いくら星矢でも、お団子だけじゃ喜ばないよ」
「それは どうだかな」

星矢が そんな風雅の心を持ち合わせていないことを確信しているらしい氷河に、瞬が困ったように微笑する。
「僕は冬も好きだけどね。冬場は、街を歩いてる人たちが寄り添い合ってることが多くて、そういうのを見てるのが嬉しい」
「他人がどうしていようが、どうでもいいが、おまえとぴったり くっついて歩いていても、奇異の目で見られないのはいい」
「二人でいるとあったかいもんね」
「その冬も、そろそろ終わりだ。春が来る」
甘い純白のクリームの雪を頂く春のイチゴ。
確かに それは、今 この時季に食してこそのものなのかもしれなかった。
氷河は 御免被りたかったが。

「冬は寄り添って歩けて、春はイチゴがあって――春でも、冬でも、僕は氷河と一緒にいられるのが嬉しい。すごく嬉しい」
「ああ」
冬と春を、1年を、長く短い一生を、二人で過ごせることが嬉しい――とても嬉しい。
生きている時間のすべてを 二人で過ごせることが嬉しいのは、考えるまでもない当然のこと。
だから 瞬は、そんなささやかな幸福を 自分が なぜ これほど嬉しく感じるのか、改まって考えることはしなかったのである。
二人は今、ただ 幸福だった。






Fin.






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