けれど、氷河王子の恋の問題は それだけではなかったのです。 たとえば。 氷河王子が瞬を喜ばせようとして高価な贈り物を贈っても、瞬は それを すぐに売り払い、そのお金を 診療所で使う薬や包帯のお代に充ててしまうのです。 瞬は氷河王子が どんな贈り物をしても、それを売って、皆に与えてしまう。 瞬に身に着けてもらうために贈った大粒の宝石も綺麗なお洋服も、次の日には薬や包帯に早変わり。 氷河から それらの贈り物を受け取る時には、瞬はとても嬉しそうに『氷河、どうも ありがとう!』と明るい笑顔で お礼を言ってくれるのですが、氷河王子は、瞬が それを身に着けた姿を決して見ることはないのでした。 瞬に欲がないことは わかっていましたが、いくら何でも これはあんまり。 「どうして おまえは、俺がおまえに贈ったものを右から左に人にやってしまうんだ」 と氷河王子が尋ねると、瞬は澄んだ瞳で、 「せっかく 氷河が贈ってくれたものだもの。氷河の役に立てたいんだ。『この診療所も 薬も 包帯も、全部 氷河からの贈り物なんですよ』って、診療所に来た人たちに言うと、みんな とても感激して、氷河を素晴らしい王子様だって褒めてくれるの。僕、とっても嬉しい」 と答えてきます。 氷河王子が、瞬に(自分を)褒めてもらえることが とても嬉しいように、瞬は、氷河王子が(国民に)褒められることが とても嬉しいらしく――でも、その二つは同じことでしょうか。 自分が褒められるのが嬉しいことと、自分以外の誰かが褒められることを嬉しいと感じることは? 「俺は、不特定多数の国民じゃなく、おまえに褒めてもらいたくて、おまえに喜んでもらいたくて、一生懸命 王子様稼業をしているんだ」 氷河王子が、本当は1日中 べったり瞬にくっついて いちゃいちゃしていたのを我慢して、会議に出るのも、書類を読むのも、いろんな祝典に出て 感動的なスピーチをするのも、すべては瞬のため、瞬に褒めてもらいたいから。 氷河王子が結果的に国民のためになることをするのは、決して国民のためではありませんでした。 国民のためになることをすると、瞬が喜んで褒めてくれるから。 氷河王子は、たまたま国民のためになることはどんなことかを知っているので、それをしているに過ぎなかったのです。 氷河が 少しく焦れた口調で そう言いますと、瞬は、 「それは変だよ。王子様は、国民の生活を豊かにし、国民を幸せにするために働くものでしょう?」 と応じてきました。 もしかしたら それは、これまで常に氷河王子に従順で、氷河王子を褒めることしかしたことがなかった瞬の、初めての口答えだったかもしれません。 瞬の口調は とても やわらかく穏やかなものでしたが、瞬のその言葉に 氷河は更に苛立ちを覚えてしまったのです。 「違う。俺は一国の王子である前に、一人の人間だ。そして 俺は、生きることも働くことも、俺の愛する人のためにしている。本当は働きたくない。いつも おまえを抱きしめていたいのに、それを我慢して働いているのは、そうすれば おまえが喜んで、俺を褒めてくれるからだ。おまえが喜んでくれないのなら、糞忙しいばかりの王子の仕事なんてするものか。面倒臭い」 「そんな……」 瞬は なにしろ これまで国民のために ばりばり仕事をこなす 有能で慈悲深くカッコいい氷河王子の姿しか見たことがありませんでしたから、氷河王子の その言葉にびっくり仰天。 本当に心から驚いてしまったのです。 「で……でも、それは、王子様として生まれた者の義務でしょう? その義務を果たしているから、氷河は、大きな お城で暮らして、綺麗な服を着て、美味しいものを食べていられるんでしょう? もし氷河が 王子様としての務めを果たさなかったら――国民のために働かないのなら、氷河は 王子様でいることをやめて、お城を出て、ぼろを身に着けて、どこかの洞窟でぼんやりと、世捨て人か隠者のように暮らしていなきゃなくなるよ」 「そうできるのなら、そうしたい。俺は、望んで王子なんかに生まれたわけじゃない!」 いきり立って大声をあげる氷河王子に、瞬は ぽかんとしてしまったのです。 人の役に立てることが何より嬉しい瞬は、誰よりも人の役に立てる王子様として生まれた幸運を、氷河王子はとても喜んでいるに違いないと思っていましたから。 なのに、氷河が王子様としての務めを果たすのは、民のためではなく、ただ一人の人のためだったなんて。 誰よりも人の役に立てる境遇に生まれ、実際に精力的に その務めを果たしていた氷河が、実は その素晴らしい業績を少しも喜んでいなかったなんて。 瞬には それは驚くべきこと、そして、信じ難いことだったのです。 氷河王子は 瞬を怒鳴りつけてしまったことを すぐに後悔し、慌てたようでした。 「それくらい、俺は おまえを好きでいるということだ」 と言って笑い、氷河王子は その場を言い繕う素振りを見せました。 それが心からの言葉でないことは、瞬には もうわかっていたのですが。 |