そうして、かぐや姫奪還計画遂行の当日、満月の夜。
すべては計画通りに進んだのである。
炎と鏡で 明るく照らし出された中に浮かぶ、まばゆいばかりの天女の姿。
かぐや姫を守っていた兵たちは、星矢たちが倒すまでもなく、自ら地面に平伏し、神々しい天女を伏し拝んだ。
竹取の翁の屋敷から ど派手に、かつ堂々と かぐや姫を連れ出し、馬で越前敦賀の湊に向かう。
そこから かぐや姫は宋に向かう船に乗り込んだ。
宋の開封の都から、漠南路を使って西へ向かう手筈も整っている。
もちろん、途中に危険がないとは言えない。
だが、その危険を冒しても 家族のいる故郷に帰りたいという、かぐや姫の決意は固かった。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」
船出を見送る5人に、涙ながらに幾度も礼を言い、そうして、自由を取り戻した 美しく強い姫君は 彼女の故郷に旅立っていった。
朝日の中、瞬たちは、かぐや姫を乗せた船の影が見えなくなるまで、彼女の旅立ちを見守っていたのである。
皆で考えを出し合って立てた計画、その計画の完全な遂行と成功。
消えゆく船を見送る者たちは皆、晴れ晴れと 清しい気持ちでいたのだが、氷河だけが どこか寂しげだった。
すべては計画通りに運んだというのに。

「本当は、氷河も帰りたいの……? 氷河のお母様が帰りたがっていた故郷。山がなくて、月しか見えない、潔くて美しい世界――」
瞬が気遣わしげに尋ねると、氷河は すぐに微笑を浮かべて 首を横に振った。
「帰りたいんじゃない。母を思い出しただけだ。だいいち、どんなに美しい世界も、そこに おまえがいないのでは空しいだけだ」
「氷河……」
それでも不安そうだった瞬が、瞳から不安の色を消したのは、氷河に その手を握りしめられたから。
氷河の手の熱さ――それは 決して冷めない恋をする者の熱なのだということを、瞬に信じさせるものだったからだったかもしれない。

「こんなに綺麗なのに、おまえが男子でよかった。御簾越しにではなく、直接 おまえの顔を見ることができるし、文だの歌だの、面倒な手順を踏まなくても、抱きしめることができる」
「おまえ、歌を詠むの 苦手だもんなー。今の世の中、歌を詠めない男には恋する資格なんて無いも同然だっていうのに」
「そもそも おまえは、褒め言葉の何たるかが まるでわかっていない」
「たとえ 貴様が優れた歌の詠み手だったとしても、俺の目が黒いうちは、瞬の恋人面などさせるものか!」
星矢も紫龍も一輝も、氷河の恋を応援する気は 全くないようだった。
特に一輝は、応援どころか、妨害する気 満々である。

だが、氷河は、そんなことに怯む男ではない。
か弱い女の身で たった一人、かぐや姫は 遠く懐かしい故郷へと旅立っていったのだ。
氷河の愛する人は 彼のすぐ側にいる。
しかも、氷河の手を優しく握り返してくれているのだ。
広く 遠く 深い恋の海原。
もちろん、氷河は怯まなかった。












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