これまで仲間たちに見せたことのない眼差しと表情で、瞬が氷河を凝視している。
星矢は、そんな瞬の姿を見ることが多くなっていた。
瞬が氷河を 自らの視界に捉えている時、瞬の胸の内にあるものは何なのか。
それが 星矢には明確に読み取れなかったのである。
それが、怒りなのか 憎しみなのか、悲しみなのか、それとも希望なのか。
そういう時の瞬は、憤っているようにも 憎悪しているようにも見え、悲しんでいるようにも 微笑んでいるようにも見えたから。

ただ、それ以前の瞬が 身辺に漂わせていた 虚ろで無気力な気配が、瞬の周囲に 全く感じられなくなったことだけは、確かな事実だった。
今では瞬は 完全に――いっそ鮮やかと言っていいほどに、生気と活力に満ちている。
そのこと自体は嬉しい。
しかし、瞬が生き返った理由が、兄の仇を取るため、氷河への復讐を果たすためだというのなら、星矢には 諸手を挙げて この事態を歓迎することはできなかったのである。

「瞬。なに、氷河を睨んでるんだよ。氷河は 一輝の仇なんかじゃないぞ」
「睨んでなんかいないよ。氷河は僕の――僕たちの仲間だ。そして、氷河は正しいことをした。ちゃんと わかってる」
不安にかられて問うた星矢に、瞬が にこりともせず、真顔で答えてくる。
ひどく厳しく険しい顔で。
それを、星矢は、あの泣き虫で 控えめで優しかった瞬が作ったものだと思うことができなかったのである。
やはり瞬は以前の瞬ではない。
瞬は何かが――どこかが変わってしまっていた。

ともあれ、瞬の上からは 死を待っているような印象は完全に消え、瞬は 兄の死から立ち直ったように見えた。
どれほど大切な人を失っても、残された者は 生きていかなければならない。
そして、日々の生活を過ごしていれば、喪失感も少しずつ薄れ、人は 徐々に立ち直っていくものなのだ。
――と、それが瞬でなかったら、星矢も思うことができていただろう。
だが、そんなふうに、まるで 普通の人間のように生きることを再開した人間が瞬なのである。
兄一人が生きる支えであり、生きる理由でもあった瞬。
その瞬が、兄を失ったというのに、普通の人間のように 肉親の死から立ち直ってしまった。
それが、星矢には、素直に信じ難いことだったのである。
これほど早く、瞬を兄の死から立ち直らせてしまったもの。
それは やはり、兄の復讐を果たすという希望――意欲というべきか――なのではないかと、星矢は疑わずにいられなかった。


瞬は一見した限りでは、すっかり元の瞬に戻ったように見えた。
優しく穏やかで、細かいところにまで神経が行き届く、以前の瞬。
仲間たちとも、これまで通りに 言葉を交わし、それは 相手が氷河でも変わらなかった。
瞬は もう、虚ろな目で ぼんやりしていることはない。
死をまっている様子も感じられない。
瞬らしくない あの複雑な表情を作り、無言で氷河を凝視している姿を、時折 見掛けることがあるだけで。

瞬が ぼんやりと虚ろな表情を見せることがなくなったのは、聖域からの刺客が次々に アテナとアテナの聖闘士たちに襲いかかってきたせいもあっただろう。
瞬のみならず 青銅聖闘士たちは皆、のんきに ぼんやりしている暇など持てなかったのだ。
一人の刺客を撃退しても、息つく間もなく、次の刺客がやってくる。
聖域は、彼等にとって邪魔なものなのだろうアテナと その聖闘士たちを見逃すつもりはないようだった。
アテナの聖闘士たちの戦いは途絶えることがなく、いつまでも繰り返されたのである。

打ち続く戦いの中で、瞬は 氷河と協力して敵を倒すこともあった。
二人のバトルのコンビネーションは 極めて良好、共通の敵に 二人で相対する時、二人は いつも恐ろしいほど息が合っていた。
瞬はいつも氷河を見ており、氷河は瞬を好きでいるのだから、それは ごく自然な成り行きだったのかもしれない。
二人が息の合った戦いを繰り広げ、その戦いの中で、氷河が瞬を庇うのは当然のこととして、瞬が氷河を庇うことも一度ならずあった。
そんな瞬を見ていると、瞬は氷河への復讐など、実は考えていないのかもしれないという考えが、星矢の中に生まれてくることもあった。
が、そう思う側から、瞬は 単に 氷河を自分以外の誰かに殺させるわけにはいかないから そうしているだけなのかもしれないという、嫌な考えも湧いてくる。
そして 星矢は、そんなふうに考えてしまう自分が不快でならなくなるのだった。

本当のところ、瞬は どういうつもりで 氷河とあれほど息の合った戦いをしてみせるのだろう。
訝った星矢が 紫龍に尋ねてみると、紫龍からは、
「瞬は おまえほど単純ではないからな」
という、全く嬉しくない答えが返ってきた。
言外に『瞬と違って、おまえは単純だ』と言われていることにも腹が立ったが、それは ともかく、つまり 紫龍は、『瞬は自分の目的を果たすために、本心を隠すこともできる人間だ』と言っているのだ。
全く嬉しくない。
紫龍の見解を言下に切り捨ててしまえないことが、そんな自分が、星矢には腹立たしく感じられて仕様がなかった。






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