なにしろ、オオヤシマの国軍に異国人――それも、黒い髪も黒い瞳も持っていない異国人――が入隊するのは、この国始まって以来のこと。 氷河の国軍への入隊試験は、オオヤシマ国軍の将軍たちや重臣たちが見守る中、大層ものものしい空気の中で行われることになりました。 もっとも、氷河は 人に注目されることには慣れていましたから、そんなことは 彼には重圧でも何でもありませんでしたけれど。 何より、氷河は、自分を推挙してくれた瞬王子のために、不様な姿をさらすことは絶対にできませんでしたからね。 剣術、弓術、槍術、格闘技等の実技はもちろん、兵棋演習も兵站に関することも すべて、オオヤシマ軍の それぞれの分野の第一人者を負かす形で、氷河は その能力を示してみせたのです。 髪と瞳の色を除けば、誰より優秀で 優れた技と知識を持っている氷河を、誰もが認めないわけにはいきませんでした。 成功するにしても失敗するにしても、公の場での試験は、公明正大を期してのこと。 そして、氷河は、誰の目にも はっきりわかるように、その力と知識を示してみせたのですから。 金色の髪の将卒など前代未聞のことでしたが、その実力は確か。 神の意思で この国に連れてこられた異邦人ゆえの特別措置ということで、氷河は准将としてオオヤシマ国軍に軍籍を与えられることになったのです。 オオヤシマの軍の諸将、重臣たちの合議の結論を受けて、最終的に その決断を下したのは一輝国王でしたが、自分の下した決断を最も忌々しく思っていたのも、一輝国王当人だったかもしれません。 もともと その思い上がりゆえに この国に連れてこられた氷河が、このことで更に思い上がることのないように、一輝国王は 氷河にきつく釘を刺すことを忘れませんでした。 「俺は、この国の誰とも違う色をした貴様の髪や目が気持ち悪い。だが、星矢や紫龍が 貴様の力は保証すると言っていたし、何より 瞬が貴様を綺麗だと言うから、瞬のために、不本意ながら 貴様をこの国の民の一人として認めるんだ。この国のほとんどの者は、貴様の任官を喜んではいない。そのことを忘れるな――思い上がるな」 その言葉通りに――いいえ、言葉以上に―― 一輝国王は この事態が不本意で、気に入らずにいるようでした。 この国の ほとんどの者が 異国人である氷河の任官という事態を歓迎していないという、一輝国王の言葉も 事実でしょう。 ですが、そんなことは 想定内のことでしたので、氷河は一輝国王の言葉には全く動じませんでした。 むしろ 氷河は、この“偉そう”な一輝国王が、弟のために自分の心を曲げたという事実の方が、意想外のことだったのです。 「瞬のために?」 「そうだ。瞬は、あの通り、黒色とは言い難い色の髪と瞳の持ち主だ。いつも そのことに引け目を感じ、自分を醜いと信じて、言いたいことも言わず、あらゆることを我慢してきた。無論、貴様の登用が国益に合致すると考えてのことだろうが、貴様のために便宜を図ってくれと――瞬が俺に願い事をしてきたのは、これが初めてのことだ」 「……」 一輝国王は、黒い髪と黒い瞳を持っていない弟を不憫に思い、そして 心から愛しているのでしょう。 一国の王だから 私情で動くわけにはいかないという不便な制約を、誰よりも苦々しく思っていたのは、一輝国王当人だったに違いありません。 ですが、人間が私情で動くのは自然で当然のことと思っている氷河には、一輝国王の その態度、その言動が とても馬鹿げたことに思えたのです。 そもそも『黒い髪と黒い瞳を持っていないから、瞬は醜い』という この国の常識(?)が、氷河には理解できないものでした。 「この国に、瞬より美しい人間はいないぞ」 この国の人間 すべてを見知っているわけではありませんでしたが、氷河は自信を持って そう断言することができましたから。 「ちゃんと見えているんだな。生きている人間の目とも思えないような目をしているのに。心のない冷たい石のような目だ」 一輝国王が、“心のない冷たい石のよう”という氷河の目を、氷河の母君は いつも“宝石のように美しい”と言ってくれていました。 そして、瞬は “晴れた空のよう”だと。 氷河自身、母君に生き写しと言われていた自分の目を 醜いと思ったことは、これまでに ただの一度もありませんでした。 そんな風にも一輝国王と氷河の美意識は全く違うのに、瞬王子を美しいと感じる心だけは同じなのです。 そして、そんな瞬を愛しいと思う心も。 氷河の思い上がりを懸念しているらしい一輝国王は、最後に、 「これ以上、瞬には近付くな。黒い髪も黒い瞳も持っていない貴様が 最下層の人間であることに変わりはないんだからな」 と言って、氷河の恋を禁じたのでした。 |