大人しくて 控えめで 素直で 頑固な悪い子を最初に諭してきたのは氷河だった。 彼は、あろうことか アテナの言を 真っ向から否定してきた。 「定まった運命などないと アテナは言っているが、俺には俺の運命が見えている」 「氷河……?」 「おまえが死んだら、俺も死ぬ。おまえが生きていれば、俺も生き続ける。それが俺の運命だ。俺には わかる」 自信満々で そんなことを断言してみせる氷河の前で、瞬は 激しい混乱に囚われてしまったのである。 アテナは 理性と理屈でアンドロメダ座の聖闘士を説得しようとしていたが、氷河の説得(?)には そんなものは かけらほどもない。 それが、瞬を混乱させた。 そんな氷河の主張に、 「多分、それ、当たってるぜ。おまえが生きてないと、氷河も死ぬ。俺が保証する」 「定まった運命など ないというアテナの意見には賛同するが、俺も その運命だけは確信できるな。氷河は――自分の好きな人のためでないと、まともに自分の力を発揮できない男だ。氷河は おまえがいないと、ただの駄目男になってしまうんだ」 そんな氷河に、星矢や紫龍までが同調してくるのだから、瞬の混乱は一層 激しくなった。 一段一段 着実に下りてきた階段が 突然 途切れて、次の一歩を どこに置けばいいのかが わからなくなってしまったような――瞬の混乱は そういう混乱だった。 アテナが、瞬の仲間たちに倣って戦法を変えてくる。 「それにね、瞬。ここで死んだりしたら、あなた、一輝に兄弟の縁を切られるわよ」 「氷河と くっついても切られるんじゃないか」 「そんなことができるほど、一輝は潔くないわ。そういう事態が現出したら、一輝は 根性で二人を引き離そうとするでしょうね。必ず そうできると信じて。なにしろ 一輝は希望の闘士ですもの」 「ははははは」 星矢と紫龍が 声をあげて笑い、氷河が顔を引きつらせる。 そして、アテナは――彼女は、瞬の性格と その攻略法を熟知している瞬の仲間たちに感心しているようだった。 「おまえの夢は、必ず叶うぜ、瞬。俺たちが力を貸す。でもって、諦めたら、おまえの夢が永遠に叶わないことも保証する」 「おまえに多少 迷惑をかけられることになっても、それが おまえのいない氷河が引き起こすトラブルより傍迷惑なものになるとは、俺には どうしても思えん」 「瞬。俺は おまえと生きていたい」 星矢と紫龍と氷河が――瞬の仲間たちが 一丸となって(?)攻撃を仕掛けてくるのだ。 瞬に太刀打ちできるはずがなかった。 一致団結した(?)仲間たちの攻撃に比べたら、冥府の王の攻撃など 片手で払いのけることができるほど 他愛のないものだった。 「みんな……」 瞬は、仲間たちに白旗を掲げ、今度こそ本当に 大人しく 控えめで 素直な いい子に戻った。 そして、涙のにじんだ瞳を アテナに向ける。 「僕の先生は――人は永遠に迷い続けていていいのだと言っていました。きっと 僕は これからも迷い続ける。迷って、悩んで、みんなに迷惑をかけるかもしれない。それでもいいんでしょうか。そんな僕でもアテナの聖闘士でいられるでしょうか」 「もちろんよ。あなたは その方が可愛いわ」 「え……」 星矢たちに毒されたのか、アテナが 瞬をからかうような軽口を叩いてくる。 (おそらく)まもなく 人類の存亡をかけた大きな戦いが始まるというのに、笑顔で そんなことを言ってくる沙織に、瞬は どぎまぎした。 それで 少々 頬を上気させたのが よくなかったのか、まるでアテナに対抗するように、突然 氷河が瞬を抱きしめてきた。 「おい、氷河。おまえ、アテナのいるところで、さすがに それは ちょっとまずいだろ。少しは遠慮とか、礼儀とかさあ……」 星矢に たしなめられるようでは 氷河もおしまいというべきか、氷河を たしなめるようでは 星矢も おしまいというべきか。 世も末としか言いようのない展開に、幸い 沙織は気を悪くした様子は見せなかった。 「まあ、いいのではないの? 氷河がいるおかげで、瞬がシリアスに悩んでばかりもいられなくなってくれるのなら」 「そして、氷河には、瞬の慎重さが必要というわけですね。うまくできているものだ」 感心したように紫龍が そんなことを言っていたが、彼が呆れているのか 笑っているのか、氷河の胸と腕に阻まれているせいで、瞬には確かめることができなかった。 未来というものも、こんなふうに 明確に確かめることができないくらいでいた方がいいのかもしれないと、瞬は 氷河の胸の中で思ったのである。 これからも アテナの聖闘士たちの つらく苦しい戦いは続くだろう。 自分は 迷い、悩み、苦しみ続けるだろう。 だが、自分の命が終わる時、これが自分の選んできた運命だったと、悔いなく言うことはできる。 仲間たちが そう言わせてくれる。 未来は はるか遠いところにあり、その確かな姿は 今はまだ見ることもできないというのに、瞬は その確信だけは 迷いも悩みもなく抱くことができていた。 Fin.
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