「あ、でも、そーいえば、結局、俺は、宇宙一安い店と、世界一安い店と、町内一安い店の、どこで うまいボーを買えばよかったんだ?」
氷河に意見したところで、氷河が その意見をれるわけがない。
徒労に終わると わかっている作業を、星矢は 早々に切り上げた。
瞬が一瞬 怪訝そうな目をして、だが すぐに、
「どこのお店でも好きなところで」
と答えてくる。

「へ?」
昨日は即答を避けた瞬が、どういうわけか 今日は ほぼ即答。
お得意の迷いも ためらいも見せない。
まさか“理想の聖闘士”の非存在を認められるようになったからという理由で、瞬が その答えに行き着けたはずもない。
星矢が首をかしげると、瞬は 彼の今日の即答の訳を説明してくれた。

「お店って、どこのお店も、品揃えが同じわけじゃないから、どこのお店が いちばん安いのかっていうことは、聖闘士の中で誰が いちばん強いのかを決めようとするようなものだけど、買うものが うまいボーって決まっているのなら、悩む必要はないよ」
「なんでだよ?」
「それは……その3軒のお店は、“宇宙一安い店”、“世界一安い店”、“町内一安い店”っていう看板を出していて、どの店も ずっと潰れずに続いていたんでしょう? ということは、お店の看板に偽りがなかったっていうことだよ。看板に偽りがあったら、そのお店は信用をなくして、お客さんも離れていく。でも、それがなかったんだから、宇宙一安い店は 宇宙一安い お店で、世界一安い店は 世界一安い お店で、町内一安い店は 町内一安い お店だったんだよ」

「で……でも、そんなの、論理的に破綻してるだろ。同じ町内に、宇宙一安い店や 世界一安い店があって、それでも 町内一安い店が 町内一安いなんてこと、あるわけがない。そんなの矛盾してるじゃん。町内一安い店の うまいボーが9円だったら、世界一安い店は8円、宇宙一安い店は7円のはずだ。けど、それじゃあ、“町内一安い店”は町内一安くない」
そのパラドックスを、星矢は どうしても解くことができなかった。
紫龍と氷河は 既にその謎が解けたらしく、どこまでも いつまでも うまいボーの値段に固執している星矢を、呆れた顔で眺めている。

「矛盾なんかしていないよ。つまり、多分、共通して置かれている商品に関しては、その3軒の お店は3軒共、同じ値段をつけて売ってたんだと思うよ。宇宙一安い店では うまいボーは1本7円、世界一安い店でも1本7円、町内一安い店でも1本7円。“宇宙一安い店の値段” イコール “世界一安い店の値段” イコール “町内一安い店の値段”なら、どのお店も看板通り――ということになるでしょう?」
「……」

これが 岡田芽武氏 描くところの『聖闘士星矢 EPISODE.G アサシン』なら、見開き2ページに華麗なる大宇宙、超極太角ゴシック100ピクセルの大きな文字で『呆 然 自 失』と記されるところである。
その見開きページに留まること30秒、次ページで我にかえった星矢は、
「そ……それならそうと、最初に教えてくれよ! おかげで俺は 一人で何年間も悩み続けることになっちまっただろ!」
と、室内を悲鳴じみた泣き言で満たし、『永 劫 之 悲 嘆』に暮れることになってしまったのだった。
星矢が何年間も悩み続けることになったのは、決して瞬のせいではなかったのだが、星矢に責められた瞬が 素直に(?)申し訳なさそうな顔になる。

「冗談で言ってるのかと思ってたから……」
「俺は真面目に悩んでたのっ!」
星矢が“真面目に”腹を立て、再度 ラウンジ内に大声を響かせる。
しかし、星矢の憤怒と悲嘆の大声は 紫龍と氷河に一笑に付された。

人の悩みとは そういうものなのかもしれない。
だが、もちろん 人は 誰もが いつでも 真剣に 自分の悩みを悩んでいるのだ。
そうして 人は、一段また一段と、大人への階段を上っていくのである。






Fin.






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