永遠の命を得ることができないのなら、氷河は 限られた時間を少しでも長く 母と共にいたかった。
「帰る」
氷河が出した答えに、瞬が寂しげに微笑む。
瞬は 悲しげだったし、つらそうでもあった。
それでも、氷河の出した答えを正しいと思うから、瞬は微笑んでいるのだ。

「僕は、アテナを守らなければならないので、ここを出ることはできないんですけど、外の世界への出口まで お送りします。でも、その前に、アテナから お母様への贈り物をもらってきます。この聖域に入ることをアテナが許したんです。アテナは きっと、あなたに贈り物をくださいますよ」
「贈り物などいらん」
母の死が動かし難いものなら、神に どんな贈り物をもらっても嬉しくない。
“北方のアレクサンドロス”の名は 富を生む装置で、氷河は 母の命の他に不自由していることも 不足しているものもなかった。

永遠の命が手に入らないなら、他に何もいらない――という氷河の言葉を、まさか無欲ゆえのものと思ったわけでもないだろうが、瞬は、氷河を その場に残して家を出ていき、まもなく その手に白布を持って帰ってきた。
「これを、お母様に。神々が身に着ける衣装を作る布です。これを身に着けていると、どんな痛みにも苛まれることはありません」
痛みに苛まれることがなければ、痛みを耐えるための体力の消耗を抑えることができるだろう。
永遠の命を得ることが無理なのであれば――死を免れることが無理なのであれば――それは 確かに有難い贈り物だった。

「氷河と 氷河の お母様の幸せを願っています」
そうして 氷河が瞬に案内された外の世界への出口は、氷河がアテナの結界を引き裂いた場所ではなく、アテナイの街を見下ろすことのできる小高い丘の上。
そのせいで 氷河は、聖域のある場所と その広さが ますますわからなくなってしまったのだが、それは アテナが 自らの力の及ぶ範囲を自在に変えられるということなのかもしれなかった。

外の世界に出た氷河を、聖域の内側から、瞬が見詰めてくる。
その瞳の中にいる自分の姿が、不思議に やるせない。
一刻も早く母の許に戻らなければならないと 急く気持ちと、いつまでも瞬の瞳の中の住人でいたいと願う気持ち。
その二つの気持ちを共に満たすために、氷河は 瞬に『俺と 一緒に来てくれ』と言おうとしたのである。
が、氷河が その言葉を口にする前に、瞬の姿は 掻き消すように氷河の視界から消えてしまっていた。






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