「瞬が 氷河のマンションに引っ越したーっ !? 」
星矢の、小学校の男子児童もかくやとばかりの素っ頓狂な雄叫びが響いたのは、日中のバー。
昼日中に 氷河の仲間たちがバーにいるのは、彼等が、
『お店をね、毎日 12時間以上遊ばせておくのは もったいないから、昼間 ホームパーティ会場として貸し出す企画を考え中なのよー』
という蘭子に呼び出されたからだった。
『その企画に無理がないか、試しにパーティを開いてみることにしたから、モルモットになってちょうだい』
と頼まれた星矢は、ただで飲み食いができるのならと、ほいほい 氷河の店に飛んできた。
そして、そこで星矢は、瞬が氷河のマンションに引っ越したという事実を、紫龍から知らされることになったのである。

「なんだよ、瞬の奴。俺に相談もなしに!」
「おまえに引っ越しの相談をして 何になるというんだ」
瞬から事前に知らされていなかったことに口をとがらせた星矢を、紫龍が なだめ(?)る。
「そりゃ そうだけどさー」
氷河から偽装結婚の事後報告を受けるより ずっとまし。
瞬が氷河の ご近所さんになれば、ナターシャも 毎日 各地を転々とせずに済むだろう。
そう考えて、星矢は、おとなしく紫龍に なだめられてやることにしたのである。

「てことは、これは瞬の引っ越し祝いのパーティか」
「いや。むしろ、マーマ就任パーティだろうな」
「へ」
そう言って、紫龍が視線で示したテーブル席には、
『パーティにはケーキでしょ!』ということで蘭子が持ち込んだケーキに瞳を輝かせているナターシャの姿があった。

「マーマ、お花のケーキだよ! マーマ、綺麗ー」
「綺麗だね。食べちゃうの、もったいないね。食べないでおこうか」
「やー。ナターシャ、ケーキ食べるのー」
それとこれとは話が別らしいナターシャに、ナターシャのマーマが、子供用のデザートフォークを手渡す。
ナターシャのマーマに、自宅から持参した そのフォークを預けたのは、もちろんナターシャのパパだった。
パパからマーマへ、マーマからナターシャへ。
「はい、どうぞ」
ナターシャは 満面の笑みを浮かべて そのフォークを受け取り、バラの花びらに見立てられたイチゴとクリームを大胆に 自分の口に運び始めた。

いつのまにか、ナターシャにはマーマができ、瞬は 笑顔で ナターシャにマーマと呼ばれている。
それは実に ほのぼのした心温まる光景だったのだが、それでも星矢は あっけに取られたのである。
なにしろ、星矢は、不必要なほどに気負って“男らしさ”に こだわっていた少年の頃の瞬を知っていたのだ。
だが、ナターシャを見詰めている瞬の微笑は あまりにも自然で――。
「まあ、落ち着くべきところに落ち着いたと言っていいだろう。家族の絆というものは、血でも籍でもなく、ただ愛によってのみ結ばれるものだということだな。瞬ほど強い人間が、今更 男らしさなどというものに こだわるのもナンセンスだ」

それは その通りである。
紫龍の言うことに異論はない。
アテナの聖闘士たちの絆も信頼も、そのようにして築かれ、結ばれている。
人と人の間に 絆を結ぶのは、ただ愛のみ――という紫龍の意見に、星矢は全く異論はなかった。
星矢は、ただ不思議だったのである。
こういう解決方法があることを思いつけなかった、これまでの自分が。
ナターシャと氷河と瞬――三人は、これほど自然に 美しい家族の肖像を描いているというのに。






Fin.






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