非難すべき氷河が消え、慰めるべき瞬が消え、紫龍と二人でラウンジに残された星矢は、どうにも気持ちが治まらず、その治まらない気持ちを 今度は紫龍相手にぶつけ始めた。
「紫龍! おまえ、なんで何も言わないで、黙ってんだよ! 瞬に、おかしいのは氷河の方だって言ってやれば、瞬だって少しは――」
少しは元気になってくれただろうか?
おかしいのは氷河の方だと考えるようになってくれただろうか?
星矢は 言葉を途切らせ、星矢が途切らせた言葉の続きは、紫龍が引き受けてくれた。

「俺や おまえが何を言っても、瞬の傷心が癒されることはないだろう。氷河が、自分の考えを間違いだったと認めない限り」
「そりゃ そうだけど……」
そうなのである。
瞬は、仲間たちに どれほど慰められても、何を言われても、自分以外の人間を悪者にして 自分を正当化するようなことはしない。
瞬は、そういうことができる人間ではないのだ。
かといって、氷河に常識に従うことを求めても、それは必ず徒労に終わるだろう。
瞬が 他人や社会を悪者にして自身を正当化できない人間であるように、氷河もまた、常識や慣習がどうであれ、自身の意見を曲げるようなことは絶対にしない男だった。
全く逆の方向に、氷河と瞬は それぞれ頑固なのだ。
そんな二人の性癖を思い、星矢が嘆息する。

「んっとに、何なんだよ、氷河の奴! あいつだって、去年までは 喜んで瞬のチョコレート もらってただろ。瞬のチョコの買い出しには、頼まれもしないのに ついていってたしさ。この時期のチョコレート売り場が どれくらい危険なのかは知らねーけど、瞬にボディガードなんか必要なわけないのに」
「もしかしたら――氷河は、瞬に 仲間の一人扱いされることに耐えられなくなったのかもしれないな」
「はあ?」
紫龍の呟きの意味するところが、星矢にはわからなかった。
アテナの聖闘士たちが仲間同士なのは紛う方なき事実にして現実。
そして、その事実は、星矢にとっては“耐えられなく”なるようなことではなかった。
むしろ、極めて喜ばしいこと。大変な幸運。
星矢には、その事実が事実でなくなることの方が、よほど耐え難いことだったのである。

「仲間の一人扱いに、なんで氷河が耐えられなくなるんだよ。瞬にチョコもらえたら、大抵の男は 天下をとったみたいに喜ぶだろ。氷河は、瞬の仲間の一人だから、その幸運に(あずか)ってるんだぞ。その幸運を有難く思えよ。仲間じゃなかったら、氷河みたいな無愛想男に、瞬は高嶺の花だろ!」
瞬が男子であること。
日本国におけるバレンタインチョコレートは、もっぱら女子が男子に贈るものとされていること。
そういったことを すべて承知の上で、星矢は、いたってナチュラルに、しかも自信満々で、そう断言する。
『考えようによっては、おまえの方が氷河より はるかに非常識だぞ』と言えない自分に、紫龍は困ってしまったのだった。






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