童虎も大人気ないが、自分たちも大人気ないと、最初に思い直したのは、仲間三人を この場に招集した乙女座の黄金聖闘士だった。 シジマが、四門の前に集っている仲間たちを ひと渡り見まわし、今更ではあったが威儀を正す。 そうして、静寂なる男は、おもむろに口を開いた。 「こうして貴公等に集まってもらったのは、後継者自慢をするためではないのだ。いや、無論、貴公等に、それぞれの後継者に対する思いを確認したいという考えもあったのだが、私を含め我々四人が 自身の後継者に大いに満足していることは、よくわかった。これは実に喜ばしいことだ。地上の平和を願う我々の心は、長い時を経て はるかな未来にまで 受け継がれるのだ。我等の後継者たちが黄金聖闘士になった時代の聖域は盤石。聖域は、今以上に地上の平和に貢献できる聖域になることだろう。聖域の未来は明るい」 「その点に関しては、全く同感だ。あの者たちは未来から わし等の時代にやってきたと言っていた。あの者たちは、わし等の戦い、わし等の命が空しいものではなく、未来につながる価値あるものなのだということを、わし等に教えてくれたのだ」 「俺たちの願い、俺たちの戦いが、あの者たちの時代にまで受け継がれているのだと思うと、感無量だな」 「無論、彼等の時代には 彼等の戦いがあるのだろうが、私たちの後継者たちは、必ずや その戦いに勝利し、地上の平和を守り抜いてくれるだろう」 やっと黄金聖闘士らしい威厳を取戻した仲間たちの 黄金聖闘士らしい発言に、シジマもまた 黄金聖闘士らしく重々しく頷いた。 「貴公等の言う通りだ。我々の戦いは 未来につながる戦い。そう思えば、我々は我々の戦いを 安心して精一杯戦うことができるというものだ。だが、その一方で、黄金聖闘士である我々とて いつまで生きていられるかどうかは わからない――明日の命が確実なものとは限らない――というのも、目を背けることのできない事実だろう。我々は、彼等の上に輝かしい希望を見ることができたが、だからといって 現状を楽観視することはできない」 未来に黄金聖闘士の後継者が存在するということは、聖域と地上世界が、この時代の聖戦を経て なお存続するということである。 だが、それは この時代の黄金聖闘士たちが この戦いで生き延びることができるということではない。 もし 生き延びることができたとしても、黄金聖闘士といえど人間なのだから、いつかは死ぬ。 それは疑いを差し挟むことのできない、人間というものの運命なのだ。 まして、アテナの聖闘士は 常に死を覚悟して生きる存在である。 細く 長く吐息して、シジマは言葉を続けた。 「彼等は我々の時代には存在してはならない聖闘士だったのだろう。実は、彼等に関する私の記憶が徐々に薄れてきているのだ。それが神の力によるものなのか、歴史が変わることのないよう、歴史が、時が、我々から彼等に関する記憶を奪おうとしているのか、そこまでのことは 私にも わからない。だが、いつか我々は 未来から来た彼等のことを忘れてしまうような気がするのだ」 シジマの声に苦渋の響きが混じる。 シジマは もちろん、未来からやってきた若者たちのことを忘れたくはなかった。 未来からやってきた 未来の黄金聖闘士たちは、現代の黄金聖闘士たちに希望を運んできてくれた――否、むしろ彼等の存在、彼等に関する記憶それ自体が、現代の黄金聖闘士たちには 希望そのものだったから。 「俺だけではなかったのか。記憶が ぼやけてきているのは……」 そう呻いたのはカイザーだった。 深刻な顔になったところを見ると、ミストリアと童虎の上にも同じことが起きているらしい。 となれば、話は早かった。 そして、急がなければならなかった。 「それゆえ、今日 こうして 貴公等に集まってもらったのだ。今のうちに 我々にできることをしておこうと考えて。我々の記憶が完全に消えてしまう前に、彼等の記録を残しておこうと思うのだが、どうだろう」 そう言って、シジマは一枚の紙――亜麻製の、目の粗い紙――を、黄金聖闘士たちの前に差し出した。 「この紙に、未来の黄金聖闘士たちの名を記して、聖域の文献庫に残しておきたいと思うのだ。数百年後、彼等の時代に、その名を冠する者たちが現われた時、彼等が支障なく黄金聖衣を引き継ぐことができるように。他の者に 黄金聖衣を かすめ取られることがないように」 「おお、それはいい」 それでなくても 細かいことを憶えているのが苦手な童虎が、いの一番に賛同する。 「彼等の時代は いったいどれほど先のことなのか……。その時代の聖域の者が、我等の残す記録に気付いてくれればいいのだが」 黄金聖闘士の中では 比較的 慎重派のミストリアが童虎に続き、 「必ずや、俺たちの残す記録が 俺たちの後継者の役に立つ時が来るだろう。来ないはずがない」 比較的 楽観傾向の強いカイザーもまた、彼らしく前向きに賛同。 黄金聖闘士たちの誰にも異存のあろうはずがなかった。 何といっても、それは可愛い後輩のためのことなのだから。 「遠い未来に生きる後継者のために、そういうことができる私たちは実に幸運で幸福な聖闘士だ。こんなことのできた聖闘士は、聖域開闢以来、私たちが初めて、そして おそらく最後だろう」 「俺たちの後継者たちも、遠い未来に、俺たちの思い遣りに感謝し、感動し、いよいよ尊敬の念を強くするに違いない」 「うむ。尊敬しないはずがない」 満場一致、皆が笑顔の素晴らしい採決。 今より数百年後の未来、自分たちの後継者たちが、先達の深い愛に どれほど感激し、感動し、感謝することか。 その様を脳裏に思い描くだけで、黄金聖闘士たちの胸は躍った。 そうと決まれば、善は急げ。 意気込んでシジマの用意した紙を手に取ったカイザーが、そこで はたと我にかえる。 彼は、そして、素朴な疑問を口にした。 「だが、何を書けばいいんだ? 俺は、くどくどしい文章を書くのは苦手だぞ」 カイザーは なにしろ、仁力勇に優れた男。 少々 知性に難が――もとい、深く勇ましい愛に あふれてはいたが、その愛を表現するのが苦手な男だった。 「それは わしも――」 カイザー同様、童虎も 情に篤い男で、未来の天秤座の黄金聖闘士への思いも強く深いものだったが、彼はギリシャ語より漢文の方が断然 得意な男だった。 はっきり言ってしまうと、ギリシャ語が からきしだったのだ。 意欲はあるのに 行動に移ることができず立ち往生状態のカイザーと童虎を見ても、この件の発案者は 全く慌てた様子は見せなかった。 シジマは、こうなることを見越していたらしい。 「そんな面倒なことをする必要はないだろう。彼等の名前と、受け継ぐ聖衣の星座だけを書き記しておけば、それで十分。聖域の者なら、それでわかるはずだ」 「うむ。こういうことは、意味ありげに要点だけを記しておいた方がよいのだ。長々と詳細な説明をつけると、人はかえって読む気がなくなるものだ。他でもない、おまえたちが そうなのではないか? 聖域の者たちは 9割方がそうだろう。」 ミストリアの発言は、“聖域の者たち”を信頼しているがゆえのものなのか、侮っているがゆえのものなのか。 その点は 実に微妙なところだったが、ともかく 童虎とカイザーは シジマとミストリアの言に 心を安んじたようだった。 「そういえば、水鏡も、聖域の存亡に関わる重大事の伝言を『拾』と『参』で済ませておった」 「うむ。何事も、簡潔明瞭が いちばんだ」 もしかしなくても この場で最も賢く 思慮深い(かもしれない)ゴールディが、明るく断言する自分の主人の様子を見て 不安顔になる。 “この場”どころか“聖域”で最も賢く 思慮深い(かもしれない)ゴールディは、だが、残念なことに口がきけなかった。 ゴールディの懸念をよそに、シジマが用意した紙に自らの後継者の名前と 彼等が受け継ぐ聖衣の星座(だけ)を記した四人の黄金聖闘士たちは、自らの深い愛と尊い行為に大いに満足し、気をよくしたらしい。 彼等は、その後は その場で、皆で持ち寄った酒や肴で 飲めや歌えの大祝宴を始めてしまったのである。 この時代の黄金聖闘士たちが残した簡潔明瞭すぎる記録が、いつかやってくる遠い未来で、未来の黄金聖闘士たちに仇なすものになってしまうのではないか――。 当代の黄金聖闘士たちが大騒ぎをしている横で、ゴールディだけが、清らかで温かく心地良かった未来の乙女座の黄金聖闘士の小宇宙と 優しい手の感触を思いながら、憂いに沈んでいた。 聖域の未来がどれほど明るいのかは さておき、今 現在の聖域は明るい。 それはもう、能天気なほどに。 過去、現在、未来。 聖域の黄金聖闘士は、誰もが 基本的に一本 抜けている。 だが、地上の平和は こういう男たちによって守られているのだ。 Fin.
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