紫龍おじちゃんと星矢おにいちゃんが昔の写真を持ってきて、子供の頃のパパの姿をナターシャに見せてくれたのは、ナターシャとマーマの間で そんなやりとりがあってから数日後のこと。
ムカシの写真の中にいるナターシャのパパは、とてもフシギな恰好をしていた。
大人でなくてもパパはパパだから かっこいい気もするのだが、これを他の人が見たら、“変な恰好”だと思うような気もする。
子供の頃のパパが かっこいいのか かっこよくないのか、ナターシャには どうしても判断できなかった。
唇を きゅっと引き結び、何も言わずにいるナターシャを見て、マーマは困ったように笑い、星矢おにいちゃんと紫龍おじちゃんは 声を上げて笑った。
パパはいつもと変わらず、笑いもしなければ、怒りもしない。

星矢おにいちゃんに、
「普通じゃないだろう?」
と訊かれたナターシャは、何と答えればいいのかが わからず、悩んだあげく、子供のパパの隣りにいる子供の頃のマーマを指差して、
「マーマが可愛い」
と答えた。
ナターシャの返事を聞いた紫龍おじちゃんは、感心したように『ううむぅ』と唸ってから、
「ナターシャは、瞬に似て 賢くて優しい子だ」
と褒めてくれた。
子供だった時のパパのフシギな恰好が かっこいいのか かっこよくないのかは わからなかったが、マーマに似ていると言われるのは嬉しかったので、ナターシャは とても喜んだのである。

パパは時々迷子になる。
まっすぐ歩くのが好きなせいで、曲がる場所を しばしば間違える。
スマホの地図を見るのも苦手。
もっとも、パパは 自分では そのことに気付いていないように見えた。
「パパ、迷子になっちゃった?」
と ナターシャが訊くと、パパは いつも自信満々で、
「大丈夫だ」
と答えてくるのだ。
そして、自信満々で歩き続け、最後には マーマに電話して助けてもらう。

そんなことがあった日には、おうちに帰ってから、パパは必ず、
「建物が何もなければ迷わないんだ」
と、マーマに ぶつぶつ文句を言うのだった。
パパが迷子になったのは マーマのせいではないのに。
「シベリアの雪原みたいに? 普通は、目印がないところの方が迷うものでしょう。氷河は逆なの」
マーマは、パパに そんな文句を言われても、いつも にこにこしている。
そして、
「ナターシャちゃん、大変だったね」
と言って、ナターシャの頭を撫で、甘い おやつを出してくれる。
だから、ナターシャは 迷子になるパパも そう嫌いではなかった。

パパは、ナターシャといっぱい遊んでくれて、お仕事もちゃんとしている(らしい)のだが、他のいろんなことはマーマに任せきりなのだそうだった。
紫龍おじちゃんは、ナターシャのパパは“ズボラ”で 必要最小限のことしかしないと、いつも言っている。
ナターシャやマーマとの約束は必ず守るけれど、紫龍おじちゃんや星矢おにいちゃんとの約束は “すこんと忘れる”ことが多い――と。
“すこんと忘れる”という言葉は、星矢おにいちゃんに教えてもらった言葉で、マーマが何も言わないので、ナターシャは それを“使ってもいい言葉”に分類していた。

パパは、ナターシャとマーマのことには いつも注意していて 真面目に考えているけれど、他のことは意識して見ていない、視界に映しているだけだと、紫龍おじちゃんは 時々――しばしば――文句を言う。
紫龍おじちゃんが そういう気持ちは、ナターシャも 実は わからないでもなかった。

いつだったか、ナターシャが水色の可愛いワンピースドレスを買ってもらった時、袖口が少し広かったので、お店で お直しをしてもらったことがあった。
数日後、ナターシャは パパと一緒に そのワンピースを受け取りに行ったのだが、パパは その日も 例によって例のごとく 迷子になってしまったのだ。
それだけなら、いつものようにマーマに電話をして助けてもらえばよかったのだが、そうしようとして、パパは自分がワンピースの引換証を忘れてきたことに気付いた。
すると、パパは なぜか マーマに電話するのをやめてしまったのである。
そして、紫龍おじちゃんに スマホでSOSと連絡を入れた。
その途端、スマホがバッテリー切れ。
1時間後、慌てて駆けつけてきた紫龍おじちゃんに、パパは、マーマにワンピースの引換証を忘れたことを知られたくないから、マーマではなく紫龍おじちゃんを呼んだのだと説明した。

事件や事故に巻き込まれたのかと心配して駆けつけてくれた紫龍おじちゃんは かんかん。
「おまえは何を考えているんだ! おまえのドジを瞬に知られずに済ませるなんて、そもそも無理な話だろう! どうせ引換証を取りに自宅に戻らなければならないんだから!」
だの、
「スマホの充電も、そのへんの携帯ショップでできるのに!」
だのと怒鳴って、パパを叱った。

パパは、なぜ 紫龍おじちゃんが怒っているのか理解できていないような顔で、
「あまり興奮すると、脳卒中を起こすぞ」
だの、
「携帯ショップを探して、もっと迷子になったら どうするんだ」
だのと言って、紫龍おじちゃんに『ごめんなさい』も『ありがとう』も言わなかった。
ナターシャが、パパの代わりに、
「紫龍おじちゃん、ごめんなさい。助けに来てくれて、ありがとう」
と お礼を言うと、紫龍おじちゃんは、
「ナターシャのせいじゃない」
と、泣きそうな顔で言ってくれた。


そんなふうに パパを観察しているうちに、ナターシャは、なんだか だんだん、紫龍おじちゃんや星矢おにいちゃんの言うことの方が正しいような気がしてきたのである。
だが、パパを かっこよくて優しいパパだと思う気持ちも捨てられない。
ナターシャの心は揺れに揺れていた。






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