翌日、紫龍がナターシャを彼女の家に送り届けた時、瞬はまだ病院から帰っておらず、そこでナターシャを出迎えたのは、水瓶座の黄金聖闘士になった今も翼を隠し持っている(のかもしれない)かつての白鳥座の聖闘士だった。 さすがに連絡帳は作っていないので、連絡事項は口頭で保護者に伝える。 ナターシャはいい子でいた。 食事も ちゃんと食べたが、それ以上に 春麗が作った桃饅頭が気に入ったようで、少々 食べさせすぎたかもしれない。 そして、パパとマーマは本当に 空を飛べるのか、どちらかしか飛べないのだとしたら、自分はどうすべきなのかを気にしていた――等々。 紫龍の連絡事項に加えて、昨日の瞬の様子を氷河に伝えたのは、ナターシャの遊び相手としてナターシャの お泊りに同伴し、ナターシャの3倍の数の桃饅頭を平らげた星矢だった。 「瞬は何を考えているんだ! 瞬を縛りつけているのは 俺の方だろう! 俺一人の力では引きとめておけないかもしれないから、ナターシャの力まで借りて――」 氷河が声を荒げたのは、瞬への怒りのせいではなく、家人の許可も得ず、勝手知ったる仲間の家とばかりに ナターシャについてリビングルームに上がり込んだ星矢の失礼に腹を立てたからだったろう。 そして、氷河の怒声の勢いが弱まっていったのは、それが ナターシャに(ナターシャ経由で瞬に)聞かせられないことだったからに違いなかった。 氷河は、瞬が断われないことを承知の上で、ナターシャの育児への協力を 瞬に依頼した。 瞬を 地上に――ナターシャの頼りない父親の側に――縛りつけているのは水瓶座の黄金聖闘士の方なのだ。 ――と、事実はどうあれ、瞬の心が どうであれ、氷河自身は そう考えているのだ。 パパと パパの仲間たちの話を脇で聞いていたナターシャが、氷河の上着の裾を握りしめ、不安そうな目でパパの顔を見上げる。 「マーマは飛んでっちゃうの? ナターシャとパパを置いて?」 「ナターシャ……」 羽衣伝説の絵本のせいなのか、“パパが あとから連れてきてくれたマーマ”だからなのか、どこかに飛び去ってしまうのは、ナターシャの中では やはり瞬の方であるらしい。 氷河が ナターシャに『瞬は どこかに飛んでいったりしない』と断言できないのは、彼が白鳥座の聖闘士だった頃、自分は いつも瞬を待たせていた――という意識が氷河にはないからである。 氷河は、なかなか 瞬を自分のものにすることができなかった。 だから 氷河は、待たされ 焦らされ続けていたのは自分の方だという意識が強いのだ。 氷河にとって 瞬は、優しい微笑で氷河を煙に巻いて逃げ、一向に白鳥座の聖闘士の手に下りてきてくれなかった小鳥のようなものなのだろう。 恋に落ちたのが、瞬より氷河の方が ずっと早かったせいで。 「マーマは、パパとナターシャが大好きだって言ってたヨー。お願いしたら、ずっとパパとナターシャと一緒にいてくれるカナ?」 「大丈夫だ。瞬がどこかに飛んでいこうとしたら、俺が全力で瞬を地上に引きとめる」 氷河の断固とした口調に、ナターシャは安心したらしい。 「ウン! パパは力持ちだから、大丈夫ダヨネ!」 そう言って、彼女は 太陽に向かって開く夏の花のように明るく笑った。 |