氷河

人に見られることには慣れている。
ガキの頃は、髪の色のせいで。
ガキの頃、俺の金髪は悪目立ちしていた。
聖闘士になって日本に帰ってきた頃には、そんなことはなくなっていたが。
なにしろ、俺がシベリアから帰ってきた頃の日本人は、猫も杓子も金髪茶髪状態。
髪の色のせいで、俺が目立つことはなくなっていた。
ところが、その反動なんだか何なんだか、最近の日本は黒髪ブーム。
ガキの頃の悪夢 再びだ。
俺の髪は天然物で、養殖物の似非金髪とは 輝きが違うから、さすがに『今時、金髪かよ』な目を向けられることはないがな。
ガキの頃と違って、目立つせいで殴られるなんてこともないし。
俺にガンをつけられるような人間がいたら、そいつは自殺志願者か よほどの鈍感か、聖闘士か剣闘士、顔の無い者のギルドの一員なのに違いない。

そういう稀少例を除けば、今の俺に向けられる視線は、基本的に羨望の眼差しだ。
当然だろう。
俺の隣りには、いつも瞬がいるんだから。
瞬は綺麗で可愛くて、神も認めるほど清らかな心を持ち、万人が認めるほど優しく親切。
身辺に まとっている空気が、凡百の徒とは違う。
そんな瞬の隣りに、そんな瞬とは真逆の印象を人に与えるらしい俺が立っているんだから、普通の人間は いったい何事かと訝って、俺たちを注視してしまうんだ。
それは まあ、致し方のないことだと思う。
致し方のないことだと、俺は 最近 やっと思うことができるようになった。
俺も それなりに大人になったということだろうな。

以前は――瞬と“仲間”“友人”と言うしかない間柄だった頃は――、俺たちに向けられる他人の視線に気付くたびに 俺が抱く思いは、『俺の瞬を見るな』という怒りに似た感情だった。
俺以外の人間が 俺の瞬を見るのが不愉快で――いや、俺は不安だったのかもしれない。
瞬が まだ、俺のものじゃなかったから。
瞬に向けられる視線が、俺の瞬を削り取っていくようで、それが不快で不安だったんだ。
だから、一時期、俺は、奇天烈な恰好をして 瞬に注目が集まらないようにしたり、派手な出立ちで 他人の視線が俺の方(だけ)に向くようにしたりしていた。
もっとも、俺は すぐに、自分が何をしても すべては無駄な悪足掻きでしかないってことを悟ったが。

瞬の隣りで 俺が どんなに派手な恰好をしても、人は瞬を見ることをやめないんだ。
人は、瞬が綺麗で可愛いから見るんじゃなく(もちろん、それもあるが)、あの優しい雰囲気や温かさに 無意識のうちに惹きつけられて、瞬に注目する。
俺と瞬が二人でいる時、最初に人の視線を引きつけるのは 俺の方だが、より長い間 人に見詰められているのは瞬の方。
冬場の稲妻は 確かに人の目を引くが、人が いつまでも長く見詰めていたいと思うのは可憐で優しい春の花の方なんだ。
俺自身がそうなんだから、それは絶対に間違いない。

瞬は、瞬を知らない者には 滅多に男性と認めてもらえない容姿の持ち主だ。
初対面では、3割が女性と認知、5割が迷い、残りの2割が男性かもしれないと疑う。
割合としては、そんなところだろう。
だが、瞬は間違いなく男子だし、若く美しく健康で優しく、ついでに経済力もある――俺より よほど甲斐性がある。
女にとっては理想的なパートナーだろう。
瞬の勤め先の病院の看護師たちが あまり大っぴらな行動に出ないのは、多分 瞬が綺麗すぎるからだ。
そして、シングルファザーである友人と一緒に その娘を養育している(瞬は周囲の者たちに、俺とナターシャのことを そう説明しているらしい)という家庭の事情を知っているから。
そいつ等は『子育てに忙しくて』という瞬の言葉を真に受けてるんだ。

ともあれ、若い女共にとって、瞬が理想的なパートナーであることに変わりはない。
だから、俺は、最初に その女を公園で見た時、瞬を男と知って(見抜いて)、瞬にイカれている女の一人なんだと思った。
おそらく20歳になるかならないかくらいの その女は、瞬には好意的な視線を投げているのに、俺に対しては 常に憎悪に満ち満ちた目を向けていたから。
その刺々しくて攻撃的な視線ときたら、一輝の同類かと思うほどだ。
あの女は、いつも瞬の側にいて、“優しくて人の好い瞬先生”に娘の世話を押しつけている俺を、ろくでなしの邪魔者として憎悪しているんだ、おそらく。
あの女が、瞬のこと、俺のことを どこまで知っているのかは わからないが、俺の見た目は 典型的“水商売の男”。
そんな男は、優しい瞬先生には ふさわしくない友人――というわけだ。
そんな男に比べたら、自分の方が はるかに 優しい瞬先生には似合いだと うぬぼれているんだろう。

ガキのくせに生意気な――いや、ガキだから生意気なのか。
ガキってのは 大抵、身の程を知らず、思い上がっているもの。
そして、女ってのは、どんなに控えめで大人しそうに見える女でも、なぜか自分は特別な存在だという意識を持ってるもんだから、厄介この上ない生き物だ。
特別扱いしている振りをしてやれば 扱いやすいが、公園で時々 会うだけの、店の客でも何でもない女に、俺がそんな気遣いをしてやる義理も義務もない。
だから 俺は、遠慮なく、その女を嫌うことができる――嫌っていた。
瞬と違って、俺は博愛主義者でも性善説の信奉者でもないからな。

俺は、初めて その視線に気付いた時から、公園で会う その若い女が気に入らなかった。






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