「でもさあ、欲がないにも ほどがあるだろ。500億円だぞ。相続税で半分 国に取られても、250億!」 最後まで『ありがとう』の一言が言えない不器用な男のままで 財前氏がアテナの聖闘士たちの前から立ち去ると、星矢は早速 軽口を叩き出した。 グラード財団総帥すら恐れるほどの力――というより、あまりに真剣な財前氏の報恩の意思に、星矢は 星矢なりに緊張を強いられていたのかもしれない。 場所を ラウンジのソファに移動した星矢は、瞬が手に入れていたかもしれない巨万の富に言及してから、その場で大きく伸びをした。 「そんなお金をもらってどうするの」 「そりゃあ、あんパン山ほど買うとか、奮発して、牛丼に卵をのせるとかさあ」 「もう……」 星矢は どこまで本気なのか。 星矢の場合、完全に本気という可能性も皆無ではない。 そうであった時が恐くて、瞬は 星矢の250億円の使途の本気度について 確認することを避けたのである。 その危険を避けたせいで、瞬は 氷河から、 「おまえの好きな人というのは誰だ」 という質問を受けることになってしまったのだが。 返答に窮した瞬は、 「……口から出まかせだよ」 という出まかせで、氷河の真剣な眼差しから逃れようとしたのである。 氷河は、だが、それで ごまかされてくれなかった。 そして、瞬は、『助けてくれ』とは言えない人間である。 瞬の窮地は、仲間たちが察して助けにいかなければならないのだ。 星矢と紫龍は、すぐさま 瞬の仲間としての務めに取りかかった。 「恐い おっさんのせいで気を張ってたんで、喉が からからだぜ。瞬。飲み物、持ってきてくれよ。俺、コーラ」 「俺には烏龍茶を頼む。アイスで」 「俺は今、瞬と大事な話をしているんだ。邪魔をするなっ!」 という氷河の怒声を遮ったのは、 「瞬。私にはアイスティーを お願いできるかしら。アールグレイ。ミルクもレモンもいらないわ」 という沙織のオーダーだった。 さすがにアテナを怒鳴りつけることはできなかった氷河が、口を への字に曲げて黙り込む。 瞬は ほっと安堵したようにラウンジを出ていった――氷河の追及を、瞬は今回も無事に逃れることになった。 「絶好のチャンスだったのに、貴様等、何の恨みがあって……」 一応 アテナは除外して、氷河が星矢と紫龍を睨みつける。 だが、それは、星矢と紫龍には、瞬の仲間としての当然の行動だったのだ。 「瞬は言いたくないみたいだったし……」 「瞬が甲斐性なしの無一物と くっつく事態は、瞬の仲間として見過ごせない瞬の危機だからな。瞬は もう少し冷静に色々 考えて判断すべきだ」 「だよなー。別に 俺、おまえに恨みはないんだけど、おまえに優しくしてもらったこともないし、やっぱ、瞬の味方をしたいじゃん」 「氷河に恨みがないとは、星矢は素晴らしい人格者だな。俺は、これまでに氷河のせいで被った数々の面倒事や厄介事を思うと、どうしても氷河に助力する気にはなれないぞ」 「……」 星矢たちが 瞬の窮地を救うのは当たりまえ。 星矢たちが 氷河に支援の手を差しのべないのも当たりまえ。 人間の人生を恵まれた幸福なものにするか、虐げられ殺伐としたものにするかを決定するのは、何よりもまず 日頃の行ないなのだ。 Fin.
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