「面白いね。氷河の美貌が ものを言わない世界みたいだよ、あの公園は。家長の社会的地位や、子供に習い事をさせられるだけの経済力や教育的素地があるかどうか。そんなことが自分たちのグループに入れるかどうかを決める重要な要因みたい」
大作を描き上げたナターシャは、自分の画業に大いに満足したようだった。
素晴らしい成果は、心地良い疲労を運んでくる。
おかげで、公園から家に帰ると、ナターシャは いつもより いい子でお昼寝に就いてくれた。

氷河が楽しめる話題ではないことは わかっていたが、向後のために 彼の耳に入れておいた方がいいだろうと考えて、瞬は、ひと仕事を終えて帰ってきた氷河に 公園での出来事を報告したのである。
そんなことで わざわざ不愉快になるのも馬鹿らしいと思ったのか、氷河は 興味のなさそうな顔で、
「社会的地位と経済力なら、おまえが俺の分も こなしてくれているだろう」
と応じてきた。
「母親が専業主婦じゃないと、下流扱いみたい」
「くだらん」
氷河が 言下に切って捨てる。
予想通りの氷河の反応。
氷河の氷河らしい反応が――というより、予想が当たったことが――嬉しくて、瞬は微笑した。

愛する者を守る力があるかどうか。
どんなふうに愛しているか。
どれだけ深く愛しているか。
それが 氷河の価値観のヒエラルキー最上位にあるもの。
そんな氷河には、公園のママ友集団の価値観は、“理解できないもの”というより“完全に間違ったもの”なのだろう。
その点に関しては、瞬も全く同感だった。

「そんなことより、ナターシャちゃんの描いた絵を見て。ゴッホのひまわりより傑作だよ。ナターシャちゃんが起きたら、褒めてあげてね。氷河は やっぱり、ナターシャちゃんに新しい帽子を買ってあげなきゃならないかもしれない」
それは、氷河には喜ばしいことであるらしい。
氷河が、
「それは困った」
と ぼやいたのは、悪いことでないなら何でもナターシャの望みを叶え、悪いものでないなら何でもナターシャに買い与えてしまう氷河に、
「ナターシャちゃんには、我慢することも教えてあげなきゃ」
と苦言を呈することの多い瞬向けのパフォーマンスだったろう。

そして、
「つば広の帽子も一つくらい あった方がいいのではないか」
と いうのは、“相談”の(てい)を装った“言い訳”。
大人の甘さと 子供の狡さが入り混じったような氷河の振舞いに、瞬は苦笑を禁じ得なかった。
「そうだね。紫外線を遮断できて 通気性のいい つば広の帽子は、今の季節の必需品だね」
“ナターシャのマーマ”から お許しを もらった氷河が、顔には出さずに嬉しそうに頷く。
その様を見て、瞬は また笑った。






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