星矢から 瞬の言い分を聞いた氷河は、
「なぜ瞬は そこまで意地を張るんだ! 俺の方が一輝より いい男だと認めればいいだけのことじゃないか!」
と、憤慨した。
紫龍から氷河の言い分を聞いた瞬は、
「僕のどこが ずるいっていうの……!」
と、これまた かなりの ご立腹。
星矢と紫龍が冷戦を終わらせようとして為したことは、つまり、冷戦を熱戦にすることにしか 役立たなかったのである。

「互いを嫌っていたら起きない いさかいだな」
「『好き』の反意語は『無関心』、『嫌い』の反意語も『無関心』。『無関心』の同義語は『平穏無事』なんだよ。関心があるから、いさかいが起きる」
星矢と紫龍の ぼやきは、決して 不首尾に終わった和平工作をごまかそうとしたものではなく、単なる“正直な感想”だったろう。
おそらく それは事実でもある。
そして、その事実が厄介だった。

「沙織さん、どうにかしてくれよ。氷河が腹を立てて小宇宙を燃やすと 辺りが冷えるし、いつもなら氷河を大人しくさせる役の瞬が、今回は自分の仕事をしてくれない。夏場なら 冷房代の節約になったけど、今は もう秋! 今は 焼き芋と中華まんの季節なんだぜ!」
自分たちの力では 到底 手に負えないほど強大な力を持った敵が出現した時、アテナの聖闘士たちが最後に頼るのは、彼等の女神である。
が、星矢に泣きつかれても、アテナは まるで危機感を抱いてはくれなかった。

「どうにかしてくれと言われても……。聞けば聞くほど馬鹿げた喧嘩だわ」
「その馬鹿げた喧嘩の とばっちりを食うのが、俺たちだけならいいけど、それで地上世界が滅んだりしたら どうすんだよ! ここんところ 立て続けに大きな戦いがあって、聖域の被害は甚大。聖域は今、深刻な人材不足に陥ってる。生きてるアテナの聖闘士は十人ちょっとしかいないのに、その中の二人が痴話喧嘩中――なーんてことが外部に漏れたら、絶対、その隙を突いて、地上の支配や人類の粛清を企む邪神が現われるぞ。つーか、そんな邪神が現われなくても、聞こえが悪いだろ。地上の平和を守るために命をかけて戦うはずのアテナの聖闘士が、男同士の痴情のもつれで大喧嘩中なんてさ。正義の味方の立場も何もあったもんじゃない」

星矢の訴えは至極尤も。
たとえ、星矢の力説の本当の理由が『氷河と瞬の痴話喧嘩のせいで 地上世界が滅んだら、俺が中華まんを食えなくなる』だったとしても、彼の訴えは、正義の味方のそれとして 極めて適切で正当なものだった。
処女神アテナに仕える聖闘士が 男同士の色恋沙汰で揉めている事実が 他の神の耳に入ったら、知恵と戦いの女神の名誉と権威も地に墜ちるというもの。
とはいえ、星矢の言う通り、現在の聖域の人材不足は深刻で、氷河と瞬の戦力は貴重。失うわけにはいかない。
アテナの名誉を傷付けたからといって、二人から聖闘士の資格を剥奪し、聖域から追放するわけにはいかないのだ。

「大きな力というものは人格者だけに与えられるべきだと、つくづく思うわ」
戦いの女神が 溜め息混じりに ぼやく。
地上の平和を守るためとはいえ、知恵の女神が その知恵を、男同士の痴話喧嘩を治めるために使わなければならないとは。
世も末だと、アテナは思った。おそらく。多分。






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