やだあ。
人の考えることって、誰も彼もおんなじなのね。
そうそう。私も、最初は、あの金髪さんは 危ない趣味の危険人物なんじゃないかって疑ってたの。
だって、赤ちゃんじゃなく、可愛い盛りの女の子が、突然 一人暮らしの男の家に やってきたのよ。
不自然じゃない。
女の子は、このマンションにやってきた当初は、なーんかおどおどしてて、仕草とか表情とかが ぎくしゃくして 不自然な感じだったし。

でも、違ったみたい。
あの金髪さんが あの女の子を引き取って しばらくしたら、このマンションに、光が丘病院に勤めてる お医者様が引っ越してきたのよね。
そう、うちと同じ階。
瞬先生っていうの。

実はね、うちの おばあちゃん、近所の持病持ちのお仲間を集めて、“光が丘病院友の会”っていうのを勝手に作って、病院の待合室を社交場にしてるのよ。
瞬先生は、綺麗で優しいんで、友の会のおじいちゃん おばあちゃんたちのアイドルなんですって。

あの女の子はナターシャちゃんっていうみたい。
可愛いけど、ちょっと 変わったところもあるから、瞬先生の患者さんだったんじゃないかと思うわ。
どこがどんなふうに変わってるのかって訊かれても、私にも 上手く説明できないんだけど、何かが普通の子と違うのよ。
きっと、ナターシャちゃんは 瞬先生が担当していた患者で、入院は必要じゃないけど 特殊な病気に罹ってるんだと思う。
それで瞬先生は、自分の患者が心配で、なるべく近くで見守っていられるように、このマンションに引っ越してきたのよ。
ナターシャちゃん、瞬先生のこと、『マーマ』って呼んでるの。
時々、エレベーターで一緒になるわ。

瞬先生、今はすごく自然に ナターシャちゃんのマーマしてるでしょ。
でも、最初の頃は、ナターシャちゃんに『マーマ』って呼ばれて 返事をする時とか、妙に ぎこちなかったのよ。
『マーマ』って呼ばれて、一拍置いてから『なあに』って感じ。
いろいろ事情があるんだろうから、詮索しないようにはしてるけど、気になるものは気になるっていうか、何ていうか。
人間、好奇心を失ったら おしまいよ。

ナターシャちゃんは、すごく素直で明るくて可愛い子だけど、もしかすると軽い発達障害があるのかもしれない。
それで 勝手に瞬先生を 自分の母親だと思ってるんじゃないのかな。
でも、ナターシャちゃんって、すごく お利巧さんなところもあるのよ。
瞬先生と お話してるのを聞いてると、頭が良すぎるって思うこともある。
そういう子なのよ。きっと。
エジソンやアインシュタインみたいな、ちょっと変わってる お利口さん。
そういうの、何ていうんだっけ?
え? サヴァン症候群?
そうそう、そんな感じ。その系統。

え? ああ、あの金髪さんね。
愛想がなくて 冷たい感じだけど、悪い人じゃないみたいよ。
ちょっと前にね、ウチのおばあちゃんが、フリカケの懸賞で お米が1年分が当たったことがあるの。
お米1年分って、どれくらいか知ってる?
60キロよ、60キロ。
それが、今の日本人の1年間の お米の平均消費量なんですって。
おばあちゃん、これが20年前だったら 100キロくらい送られてきてたはずだって、嘆いてたわ。
日本人は、米を食べなくなりすぎだって。

で、ある日、おばあちゃんが 病院から帰ってきたら、その60キロのお米が エントランスの不在ボックスに どかんと置いてあったらしいの。
ダンボール箱2箱に、10キロの袋が3つずつ入って。
1袋ずつでも運べないって困ってたら、たまたま通りかかった あの金髪さんが運ぶのを手伝ってくれたんですって。
しかも、60キロのお米を一度に。
お礼に、1袋 お裾分けしようとしたら、そんな気遣いは無用だって言って、さっと帰っちゃったとか。

何たって、ものすごい美男子でしょう。
それ以来、あの金髪さんは うちのおばあちゃんのお気に入りなのよ。
おばあちゃんにしたら、孫みたいに思えるんでしょうね。
ウチのおばあちゃんの歳?
今年で81歳よ。
ええ、おかげさまで、まだまだ元気。

私、瞬先生が あの金髪さんと 一緒にいるところを何度も見掛けてるんだけど、こないだ ナターシャちゃんと三人で帰ってきた時、あの金髪さんが笑ってるのを見たわ。
もう、びっくり!
あの金髪さん、いつもは表情の作り方を知らないんじゃないかってくらい、無表情だから。
そう、瞬先生が引っ越してくるまで、私、あの金髪さんをヤクザか何かなんじゃないかと思ってたの。
外国の人だから、ヤクザじゃなくてマフィアなのかな?
ゴッドファーザーみたいな。
外国のヤクザは、あんまり柄が悪くないわよね。
きちんとダンディなスーツ着て、クールに拳銃で ぱーん。
もちろん、お祭りの屋台なんか出さなくて。

でも、おばあちゃんは、あの金髪さんは軍人さんだって言ってる。
きっと、姿勢が すごくいいからでしょうね。
軍人さんって 自衛隊でしょ?
私が、『じゃあ、彼は公務員ってこと?』って言っても、おばあちゃんは、『公務員じゃなく、軍人さんだよ』って言い張るの。
どう違うのかは わからないけど、おばあちゃんの中では 公務員と軍人さんは別物みたい。
彼、外国の諜報部員ってこともあるかしら?
まさか、不法入国者なの?
そういう調査?

あの金髪さんがいなくなったら、おばあちゃんが悲しむわ。
そんなことになったら、瞬先生だって このマンションにいる必要がなくなって、ここから引越しちゃうかもしれないし、ナターシャちゃんだって、どっか別のところに連れていかれちゃうでしょうし。
あなた、絶対に余計なことはしないでね。
あの一家、ほんとに お気に入りなのよ、うちのおばあちゃんの。






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