「それがさあ……。前に、ナターシャが顔の無い者に襲われた時、デスマスクが敵を倒してナターシャを守ってくれたんだよ。それだけなら よかったんだけど、ほら、デスマスクって 素直に正義の味方ができない男だろ。助けてもらった礼を言おうとしたナターシャに、こっちは好きで助けたわけじゃないのに、礼を言うなんて馬鹿だ――みたいなことを言っちまったらしい。普通に照れ隠しだと思うんだけど、んなことを斟酌する氷河じゃない。デスマスクがナターシャを馬鹿呼ばわりしたことに腹を立てて――そのこと、ずっと根に持ってたんだろうな。奴は、デスマスクに見事に復讐したんだ。娘の命の恩人に復讐。わけわかんないだろ」 「復讐……とは……」 「うん。その復讐の仕方が また最悪でさ。氷河の奴、ナターシャを助けてくれた礼をしたいと言って、デスマスクを自分の店に招待したんだ。どういうわけだか、アフロディーテと一緒に。で、カクテルを 同じシェイカーで二人分作って、それを二つのグラスに注いだ。同じ材料、同じシェイカーで作ったものを飲んだのに、アフロディーテは何ともなくて、デスマスクはひどい下痢で1週間以上苦しむ羽目に陥った」 「……」 状況が 今ひとつ呑み込めない。 が、ともかく、予想通りに美しい話ではなかったので、とりあえず 一輝は顔をしかめた。 「アフロディーテよりデスマスクの方がデリケートだったのか? いや、それはないか」 「これは推測にすぎないが……。氷河が、デスマスクに渡すグラスに 何か細工をした――のだろうな」 「……おい」 星矢に笑いながら語られても 笑えないが、紫龍に真面目な顔で そんな推測を披露されるのは、もっと笑えない。 アテナの聖闘士というものは、正義の味方であるはず。 デスマスクが正義の側に立つ人間であるかどうかという問題は さておいて、紫龍の推測が事実であるなら、それは立派に傷害罪という犯罪である。 「瞬の検査では、腸炎ビブリオ菌が原因ということだった。デスマスクが使ったグラスは既に洗われていて、混入経路の特定はできなかったんだが――。氷河がデスマスクとアフロディーテの二人を呼んだのは、デスマスクを油断させるためだったんだろうな。つまり、同じものを飲んだのに、一方は何も起きていないんだから、デスマスクの不調は自分が作った酒のせいではないと言い逃れをするため。すべては計画通りというわけだ」 「……」 娘の命の恩人への復讐。 さすがは氷河。 星矢の言う通り、確かに わけがわからない。 「回復後、デスマスクは、氷河が作った酒以外の原因は考えられないと言って、氷河の店に乗り込んできたんだが、氷河は、それは言い掛かりだと一蹴した。腸炎ビブリオ菌はカニにつきもの、どこかで拾ってきたんだろうと、そらとぼけたらしい。あげく、証拠もないことで難癖をつけるなら 営業妨害で訴えるぞと反撃して――まあ、確かに証拠は何もないからな。同じものを飲んだアフロディーテはぴんぴんしているわけだし」 「瞬が平身低頭で謝って、何とか事を治めたんだぜ。最高級のコニャックとハバナのプレミアムシガーを持って 詫びに行ったら、デスマスクに、バーボンの方が口に合う俺への嫌味かと、嫌味を言われたらしい。まあ、ちゃっかり受け取ることは受け取ったらしいけど」 「あの馬鹿野郎はーっ !! 」 デスマスクへの復讐に及んだのが紫龍だというのなら、まだ わかる。 デスマスクは、聖闘士でもない一般人であるところの春麗を危険な目に会わせた。 百歩譲って、娘を馬鹿呼ばわりされた父親が、娘を馬鹿呼ばわりした男に意趣返しをするだけなら、『勝手にやれ』と無視してやらないこともないが、なぜ瞬が 氷河のために デスマスクごときに嫌味を言われなければならないのか。 怒りで、一輝の髪は逆立った。 「あの馬鹿たれは どこまで瞬に迷惑をかければ 気が済むんだっ!」 「うん、まあ、最近は 氷河の尻ぬぐいが瞬の仕事になってるな」 星矢の報告と、 「最近ではないだろう。子供の頃から、氷河の尻ぬぐいは瞬の仕事だった」 紫龍のコメントが、一輝の怒りにガソリンを注ぎ込む。 「そうとも。氷河の奴は、ガキの頃から傍迷惑な野郎だった。いつもいつもいつも、朝から晩まで傍迷惑。瞬が甘やかして尻ぬぐいをしてやるもんだから、傍迷惑が服を着て歩いているようだったガキが、そのまま 傍迷惑が服を着て歩いているような大人になってしまったんだ。変わったのは、服のサイズだけ。瞬も、いい加減に、氷河を甘やかすのを やめるべきだ!」 「ああ、そういえば、瞬は兄の尻ぬぐいもしていたな。星矢の尻ぬぐいも、瞬の仕事だった。瞬の周りには、考えなしに突っ走る奴ばかりだったから」 「……」 紫龍は、それを、氷河をフォローするために言ったのだろうか。 それとも、一輝の怒りを静めるために言ったのか。 いずれにしても、紫龍は どちらの目的も果たすことはできなかった。 自分だけは 瞬に迷惑をかけたことがないと言わんばかりの紫龍の言い草に、一輝のみならず星矢までが むっとした顔になる。 ともあれ、紫龍は あくまで中立。 彼は、一輝と氷河、どちらの味方をする気もないようだった。 とはいえ、客観的な視点を持つ中立の第三者の存在が明白になったくらいのことで、冷静になり、怒りの矛を収める一輝ではない。 彼は、すぐさま、氷河を攻撃する別の武器を持ち出してきた。 |