「だから、どうして 俺たちを巻き込むんだ!」 「ごめんなさい。でも――」 アテナの聖闘士の“あれ”は もちろん、“命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間たち”である。 スマホではなく小宇宙で『助けて』とすがられ、電車や車ではなく光速移動で“命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間”の許に飛んできた紫龍は、神の域に達するとまで言われている乙女座の黄金聖闘士を窮地に陥れた“敵”の正体を知らされるなり、その長髪を天に向かって逆立たせた。 もっとも、それは すぐに力を失い、疲れたように地球の重力に屈してしまったが。 「俺は大歓迎だぜ。ナターシャ絡みで起こるトラブルって、いつも滅茶苦茶 面白いからなー」 紫龍とは対照的に 星矢が その顔に満面の笑みを浮かべているのは、彼が紫龍より友情に篤いからではなく、彼が何でも面白がる才能に恵まれているからだったろう。 星矢は、仲間の家庭を案じているというより、むしろ トラブルに わくわくしているようにしか見えなかったが、瞬は、星矢と紫龍が そんなふうに対照的な二人だから 相談しやすいのだということを知っていた。 ムードメーカーの星矢と、実際に問題解決能力を備えている紫龍。 紫龍だけでは相談しづらいし、星矢だけなら 相談すること自体が無意味なのだ。 「僕は ナターシャちゃんの部屋に入れてもらえないの。氷河は入れてもらえる。でも、ナターシャちゃんは 僕にも氷河にも、泣いている訳を話してくれない。僕が原因なら いくらでも謝るし、悪いところは改めるよ。でも、泣いている訳を 氷河にも打ち明けてくれない訳がわからない。星矢、紫龍。何とか、ナターシャちゃんから――」 「泣いてる訳を聞き出せばいいんだろ。任せとけ。この紫龍様が何とかしてくれるって。何せ、聖闘士の善悪を判定するのが天秤座の黄金聖闘士の オシゴトだからな」 勝手に安請け合いをする星矢に渋面を作りながら、結局 星矢に押し切られるのが紫龍の オシゴト。 いかにも 不本意の体ではあったが、天秤座の黄金聖闘士は、無駄な抵抗をする愚を犯すことなく 速やかに、ナターシャの部屋のドアに向き合った。 「ナターシャ。クリスマスプレゼントも開けていないそうじゃないか。何か気に入らないことがあったのか? サンタクロースが泣いているぞ」 (あまりの情けなさに)泣いているのは、実は サンタクロースではなく、こんな家庭内の ごたごたに呼び出された天秤座の黄金聖闘士の方だった。 が、その事実をナターシャに告げたところで 何の益もないことは わかっていたので、紫龍は 代わりにサンタクロースを引き合いに出したのだが、それが幸いした――らしい。 ナターシャは、なぜか“サンタクロース”に引っ掛かってくれたのだ。 「紫龍おじちゃん、サンタさんを知ってるノ?」 「知らぬこともない」 「……」 ドアの向こうで、1分弱の沈黙。 その1分弱の時間が過ぎると、ナターシャは、細くドアを開けて、その隙間から 紫龍の顔を見上げてきた。 「紫龍おじちゃん、入ってもイイヨ」 どうやらナターシャの涙の原因は、サンタクロースにあるらしい。 そうと察した星矢が、すかさず脇から顔を覗かせて、 「俺もいいか? 俺も、サンタクロースとは まんざら知らぬ仲じゃないんだ」 と、ナターシャに問う。 紫龍と星矢がサンタクロースと知り合いだという事実を、ナターシャは決して喜んでいるようではなかった。 だが、彼女は、紫龍だけでなく星矢にも、部屋に入ることを許した。 星矢と紫龍と氷河は入室可で、ナターシャのマーマだけが入室不可。 そこから導き出される推理は、ナターシャの涙の原因は主に ナターシャのマーマにあり、悪者は乙女座の黄金聖闘士だということ。 二人の仲間の姿を吞み込んだナターシャの部屋のドアを呆然と見詰め、瞬は その場に立ち尽くすことになったのである。 ナターシャのためとなると周囲が見えなくなって暴走を開始する氷河を制御するため、瞬はこれまで できるだけ穏やかに、冷静に、ナターシャに接してきた。 それが、ナターシャには冷たさに感じられていたのだろうか。 それも愛情だとは思ってくれていなかったのだろうか。 ナターシャは 本当はマーマが嫌いだったのか――。 まさか ここで泣き出すわけにもいかず、顔を俯かせた瞬の肩を、氷河が抱き寄せる。 「多分、おまえが今 考えていることは、何もかもが完全に見当違いだ」 氷河が断言する その言葉に、根拠は全く存在しない。 それが わかっているから、瞬は 顔を上げることができなかった。 |