ともあれ ナターシャの身は無事に確保され、ナターシャ誘拐事件は ひとまず解決を見た。
「来年が思いやられる……」
(比較的)秩序重視型の紫龍が 疲れた口調で そうぼやいたのは、事件が(一応)落着したことに安堵したからでもあったろう。
ナターシャ誘拐事件の元凶は、のんきに疲れていることを、紫龍に許してくれなかったが。

「なに言ってるの。冥界は、もう新年よ。ここは地上世界で いちばん早く新しい年を迎える場所に時刻を合わせてるの。キリバスのクリスマス島やアメリカのパルミラ環礁辺りの時刻ね。あんたたちの国より5時間早く新年が来るのよ」
(徹底的に)秩序破壊型のデストールは、元気いっぱいに そう言って、
「あけまして、おめでとう」
と、生きている者たちと 生き返っている者たちに 新年の挨拶を投げてきた。

死人に『おめでとう』と言われても、対応に困る。
それでも(比較的)儒教精神を重んじる紫龍は、先達のクレームを容れて、
「今年が思いやられるな……」
と、律儀に ぼやきをぼやき直したのだった。

が、瞬は、紫龍のように 新しい年を憂慮し 疲れてはいられなかったのである。
日本では新年までに まだ5時間の猶予があるといっても、12月31日の午後7時。
大晦日の食品スーパーは 店仕舞いが早いのだ。
「僕たち、おせち料理の材料を買い出しに出たところだったのに、もう間に合わない……。ナターシャちゃんと可愛い おせち料理を作る計画が――」
おせち料理の準備そのものより、ナターシャの作った おせち料理の設計図が無駄になることに、瞬は慌ててしまったのである。
その事態を、瞬は、できれば避けたかった。

「桃なら腐るほどあるわよ? 桃っていうのは、生命の樹の実。日本の桃太郎っていうのは、生命の樹の実を食べさせて生き返った死んだ戦士で、桃太郎が鬼退治に行った鬼ヶ島は冥界のことだった――って説があるくらいなんだから」
(徹底的に)楽天家のデストールが、とても責任を感じているようには聞こえない軽快な声で 代替案(?)を提示してきたが、それは、
「メイカイイチビケイのデストールサマの桃は、マーマに食べさせちゃダメーっ!」
マーマがメイカイイチビケイのデストールサマのようになっては困るナターシャによって、即座に却下された。
大人げなく むっとしたデストールとナターシャの間に、疲れてはいても さすがに黄金聖闘士の素早さで、紫龍が割って入る。

「おせち料理の材料なら、俺が ひと通り 調達してやろう。新年から おせち料理を作るのも乙なものかもしれん」
「ありがとう、紫龍!」
持つべきものは友である。
どうやら おせち料理の設計図を無駄にして、ナターシャをがっかりさせずに済みそうだと安堵して、瞬は、ナターシャの前にしゃがみ込み、自分の視線とナターシャの視線の高さを同じものにした。

「ナターシャちゃん。行き当たりばったりはよくないんだよ。どんなことでも、計画を立てることは大事。でもね、どんなに しっかりした計画を立てても、物事が 必ず計画通りに進むとは限らないの。そういう時に大切なのは、臨機応変な態度なんだ」
「リンキオーヘン?」
「そうだよ。その時々で 変化する状況に慌てることなく、いちばん いい対応をすること。計画通りに行かないからって、諦めたり、やけになって投げ出したりしちゃ いけないんだよ」
「ウン。計画通りに行かなくても、紫龍おじちゃんが助けてくれるネ」
感謝と尊敬の眼差しでナターシャに見詰められ、(比較的)秩序重視型で苦労人の紫龍の心も、少しは救われたかもしれない。

(比較的)常識と礼節を心得ている紫龍と瞬の横では、
「んじゃ、俺がナターシャの力作おせちを食いに行ってやるよ」
「アタシも ご相伴に預かりに行こうかしら。冥界の桃や柘榴は食べ飽きたわあ」
「師匠さン。死人が おせち料理を食って、どーすんだ? つか、食えんのか、おせちなんか」
人の家の予定や都合を考慮せず、我が道を行く男たちが 我が道を行く計画を立てており、
「すべては、特殊な性癖の男に好かれる貴様の病気のせいだ! どうして 貴様は そうやって弟の平穏な生活の邪魔ばかりするんだ!」
「瞬の人生の最大最悪の障害物が、偉そうに何を言うか!」
目障りな男への怒りを生きるエネルギーにしている男たちが、自身の怒りの発散に熱中している。
長い時間をかけて培ってきた気質や性分といったものは、新しい年を迎えたくらいのことでは 変わりようがないのかもしれなかった。

「リンキオーヘン! リンキオーヘン!」
ただ一人、ナターシャだけは、新しく難しい日本語を覚えて、ご満悦だった。
人間が生きるということは、日々 新しいことを学び 変化成長していくこと(のはず)。
決して大人たちの変化成長を諦めるわけではないが、20XX年は、若い力に期待したい。






May you have an amazing year!






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