アフロディーテ VS ナターシャの第二次大戦は、新しい言葉を覚えて 気をよくしたナターシャの、
「おうちにいるロクデナシって、誰のこと?」
という 素朴な一言から始まった。
沈黙は金、雄弁は銀。
仮にも黄金聖闘士なら 金色の沈黙を守っていればよかったものを、アフロディーテが、
「君のパパのことに決まっているだろう」
と答えてしまう。

そんなアフロディーテに、
「パパはロクデナシじゃないヨ! パパはとっても優しくて、強くて、カッコいいんダヨ! 世界でいちばんカッコいいんダカラ!」
と反撃したナターシャは、大人げなかったのだろうか。
むしろ、
「世界にいる すべての人間を知っているわけでもないくせに、そういうことを軽々しく言うものではない。愚かな」
という正論で ナターシャに対抗したアフロディーテの方が 軽々しかったのではないか。
ナターシャの言う“世界でいちばん”は、“ナターシャの知る世界でいちばん”という意味に決まっているのに。

その裁定を下すことは、戦いの女神アテナにも至難の業だろう。
多くの戦いにおいて、正義は いずれにあったのか、先に攻撃を仕掛けたのは どちらなのかを論ずることは、ほぼ無意味なのである。
戦いは、ルールのあるスポーツではないのだ。
勝てば官軍。
正義は、勝者によって あとから定められる。

「ナターシャのマーマは おじちゃんよりずっと綺麗だし、ナターシャのパパは おじちゃんより ずっとずっとカッコいいヨ! ナターシャ、おじちゃん、キライ!」
「ナターシャちゃん!」
責める声音で瞬に名前を呼ばれたナターシャが、びくっと身体を震わせる。
瞬時 迷ったようだったが、ナターシャは、瞬の手に絡ませていた腕を解いて、ソファに掛けていた氷河の許に駆け寄り、今度はパパに抱きついた。

ナターシャが 小さな呻き一つ発することなく、きつく唇を引き結んで氷河に しがみついていったのは、ナターシャが 自分を絶対的正義だと確信できていなかったからだったろう。
瞬の咎めるような声。
ナターシャは、自分が いい子なら しないことをしてしまったのかもしれないという不安に囚われていたのだ。
パパが マーマに逆らってまで 自分を庇ってくれるのか、その自信もなかった。
だから、ナターシャは 無言だったのである。
無言で氷河に しがみつき、ナターシャは全身を強張らせた。

ナターシャの その緊張が、
「ナターシャの言う通りだ。貴様より、瞬の方がずっと綺麗で、俺の方が ずっとカッコいい」
全面的にナターシャを支持する氷河の言葉で、一気に緩む。
「パパーっ!」
パパは自分の味方。
パパは自分を守ってくれる。
そう確信できた時、アフロディーテに対するナターシャの戦闘意欲は 一瞬で消えてしまったらしい。
ナターシャは氷河の腕にしがみついて、わんわん声を上げて泣き出してしまった。


「さすが、ナターシャは 氷河の方が甘いってことがわかってるな」
攻撃力は(今は)小さくても、状況判断力は極めて的確。
ナターシャは作戦参謀としての才能に恵まれている。
今後 実戦での戦い方を学べば、ナターシャは 氷河と瞬が持つ弱点のない 最強の聖闘士になれるかもしれない――と、星矢は思ったのである。
だが ナターシャは、今は、パパに すがって泣く非力な子供だった。

「アフロディーテ。アテナの聖闘士ともあろうものが、子供相手に向きになるのは、まじで みっともないって」
「だから、私は子供が嫌いなんだ!」
アフロディーテの怒声が、瞬時 ナターシャの嗚咽を途切らせる。
そして、アフロディーテの その言葉は、ナターシャの嗚咽を 更に大きく激しいものにした。






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