デスマスクが 氷河のバーに 足繁く通うのは、(一応)そこでアルバイトをしているシュラへの友情ゆえということになっている。 つまり、バーテンダーとしては 見習い以前の腕しか持っていないシュラが 練習で作るカクテルを飲み、その味を評価してやるため。 彼は『不味い』しか言わない批評者だったが、シュラの作るカクテルは、レシピ通りに作っても 実際に不味いものだったので、デスマスクの評価は公正なものといえた。 シュラの作るカクテルは 本来は客に出せるようなものではないので、サービス料は免除。 不味くてもアルコールが飲みたいデスマスクと、店に負担をかけずにカクテルを作る練習をしたいシュラの利害が一致して、そういうことになっていた。 「純真な お子様にかかったら、天と地の狭間に輝きを誇る美の戦士アフロディーテ様も ザマァねぇな」 シェイクのしすぎで 白く濁ったギムレットを一気に飲み干し、いつも通りに「不味い」と評価を下してから、デスマスクは、カウンターの隣りの席で 彼の吐き出す煙草の煙に顔をしかめているアフロディーテを からかった。 同じグループのデスマスクに からかわれる つもりのないアフロディーテは、デスマスクの揶揄にも 眉一つ動かさなかったが。 「気にすんな。あのガキには、俺もやられたから。俺たちみたいに ひねた大人は、あの手のガキには敵わねぇようにできてるんだよ」 「私は 別に やられたわけでは――」 「それでいいんだ。俺たちにも カワイイところがあったってだけのことさ」 シュラは、仲間たちの会話に混じることなく、カウンターテーブルの向こう側で、今度はステアの練習を始めた。 氷河は、その手許を 嫌そうな目で睨んでいる。 『不味い』の一言も言わない――不味いことが わかっているので、飲むことさえしない――氷河に比べれば、デスマスクの方が バーテンダー見習いの指導に よほど熱心だった。 「しかし、シュラ。おまえ、いつまで経っても上手くならねーな。作る酒も美味くならねー。シェイクもステアも速すぎで力みすぎなんだよ。ここで さりげなく美味い酒を出せたら、場が カッコよく決まるのに」 自分にカワイイところがある事実を認めたくないアフロディーテを追い詰めないために、デスマスクが シュラの指導(?)を続ける。 「不味い。心底 不味い。なんで こんなまずい酒が作れるのか、俺には全く理解できん」 シュラでなかったら、とうの昔に心が折れてしまっていたかもしれないほど、デスマスクの指導は厳しく容赦がない。 だが、そこはシュラなので――彼は、全く動じることなく、無駄に速く長く力を入れてバースプーンを回し続けていた。 聖闘士になるための修行の厳しさに比べたら、デスマスクの『不味い』の連呼など、シュラには 優しい そよ風のようなものなのだ。 「おい、アフロディーテ。おまえは飲まないのか」 「酒なら 何でもいい おまえと一緒にするな。不味い酒を飲むくらいなら、水を飲んでいた方がましだ」 デスマスクの悪食(悪飲?)を見下すように そう言って、だが、アフロディーテは水をオーダーすることもしなかった。 ナターシャに贈ってもらった花の礼に(それは建前で、本当は ナターシャの非礼の詫びに)(もしかしたら、それすらも建前で、実は 尊敬すべき先達を 娘の躾の教材にしてしまった詫びに)、アフロディーテは、瞬に美味しい酒をただで飲める方法を伝授してもらっていたのだ。 カウンターの中で、シュラの手とグラスを睨んでいる氷河の方に視線を巡らせ、アフロディーテが 瞬直伝の技を繰り出す。 「だが、まあ……君の美しく聡明な瞬の躾が行き届き、君のナターシャは実に賢く可愛らしい娘に育っているな。不愛想で 愛嬌もない君にしては上出来。君は 実に幸運な男だ」 瞬から伝授された技の効果は覿面。 攻撃の成果は、氷河の上に 速やかに現れた。 それまで、これ以上の苦痛はないと言いたげに苦い顔でシュラを睨んでいた氷河が、突然 カウンターの中央に立っていたシュラを押しのけ、酒棚から ドライジンのボトルを取り出す。 更に、マラスキーノ・リキュールの壜、ティースプーンにオレンジとレモンの果汁。 氷河とシュラでは、ボトルの持ち方からして 様子が全く違っていた。 二人が似ているのは、共に、愛想の良し悪し以前、愛嬌の有無以前と言っていいほど無表情であることのみ。 スピードも回数も力の加減も軌道も完璧なシェイクで作られた淡い白色のカクテルが、シャンパングラスに注がれる。 「ホワイトローズ。俺の奢りだ」 素直で正直な子供より、可愛げのない大人の方が はるかに扱いやすい。 「君の薔薇色の人生に」 アフロディーテが 軽くグラスを持ち上げ、白薔薇のカクテルを一口 口に含む。 氷河の美しく聡明な瞬と 賢く可愛らしい娘のせいで 苦い思いを味わわされたあとだけに、仲間の気障な振舞いに顔を歪めているデスマスクを尻目に飲む ただ酒は、極めて美味だった。 Fin.
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