「大好きな人がいることが幸せなんだ。たとえ、綺麗なお洋服を着ていられなくても、素敵な おうちがなくても、ご飯が食べられなくても、自分の周囲が敵だらけでも、いつも その敵と戦っていなくちゃならなくても」 ナターシャに そう言うマーマは、少し悲しそうな目をして、チョット つらそうに 顔を俯かせた。 パパが そんなマーマの頭を手で ぽんぽんってしたら、すぐに いつもの明るい笑顔になったケド。 きっとマーマは、パパが大好きだから、パパの ぽんぽんでシアワセになれるんだって、ナターシャ、すぐに わかったヨ。 ナターシャも、パパに会うまではシアワセじゃなかったカラ。 ナターシャが そう言ったら、今度はマーマがナターシャの頭を撫でて、 「今は世界でいちばん幸せでしょう?」 って言った。 「ナターシャちゃんは、氷河が大好きだもの。ナターシャちゃんは とっても幸せな女の子だよ」 って。 ナターシャ、「もちろんダヨ!」って、大きな声で答えた。 パパに聞こえるくらい。 それから、 「マーマもパパが大好きだよね?」 って、マーマに訊いた。 そしたら、マーマは、ちょっと困ったみたいに、小さな声になっちゃっタ。 「ナターシャちゃんにそう言うと、氷河に筒抜けだから」 「ツツヌケってナニー?」 「ナターシャちゃんが、僕の言ったことを全部、氷河に教えちゃうってこと」 「教えちゃダメナノ?」 マーマは いつも、嬉しいコトと タメになるコトしか言わないノニ。 ナターシャが イイコにしてたら、パパが新しい お靴を買ってあげるつもりでいることとか、ワカメやゴマを食べると髪が綺麗になることとか。 ナターシャが首を かしげたら、マーマは、パパに聞こえないように、ナターシャの耳に内緒話。 「僕は氷河がとってもとっても好きだから。僕がどんなに氷河を大好きなのか、氷河が知ったら、氷河は びっくりするかもしれない」 「エ……」 マーマに そう言われて、ナターシャ、びっくりしたヨ。 びっくりしたのはナターシャの方。 マーマは とっても頭がいいのに(みんなが そう言ってる)、時々、トンチンカンなことを言うんダヨ。 ダカラ、ナターシャ、マーマに教えてあげたノ。 「パパは びっくりしないヨ。ナターシャも、パパのこと、とってもとっても大好きだけど、ナターシャが そのこと パパに教えてあげても、パパは びっくりしないんダヨ。パパは、ナターシャがパパを好きなのより、もっとずっとナターシャのことを大好きだって言ってくれるヨ!」 って。 パパはナターシャのことを大好きだカラ、ナターシャが欲しいって言ったら、お星サマも取ってきてくれるって。 デモ、お星サマは うんと遠いところにあって、お星サマを取りに行ってると 何年もナターシャと一緒にいられなくなるから、代わりに お星サマの髪飾りで我慢してるんだって。 「パパもマーマのこと、すごくすごーく大好きダヨ。パパは、マーマが お仕事で遅くなると、栄養満点のジュースを作ってあげて、ご飯当番も代わってあげるデショ。マーマが しょんぼりしてると、頭ぽんぽんもしてあげるし。パパは、ナターシャとマーマ以外の人には、頭ぽんぽんも ほっぺスリスリもしない。それに、きっとパパは、マーマがパパをとっても好きなことを知ってると思ウ。ダカラ、パパはマーマの前でカッコいいパパでいたいんダヨ。ダカラ、パパはマーマがお仕事で おうちにいない時、ちょっとだらしないんダヨ」 マーマをトンチンカンでなくするために、マーマがどんなにパパを好きでも パパは驚かないってことを言ってるつもりだったノニ、ナターシャ、何を言ってるのか わからなくなっちゃっタ。 わからなくなって、ナターシャが むーってなったら、マーマは楽しそうに笑った。 ナターシャは マーマを笑わせるつもりじゃなかったんだケド、マーマが楽しそうだからイイヤって、思ったんダヨ。 「氷河は、“大好き”の天才だからね。氷河は ナターシャちゃんが とっても大好きなんだ」 マーマが楽しそうに そう言ってくれて、それで ナターシャは すごく嬉しかったんだけど、ソボクナギモンも生まれてきたヨ。 パパは“大好き”の天才。 大好きの天才がいるってことは、大好きの天才じゃない人もいるってコトなのカナ? 「“大好き”が ヘタっぴな人もいるの? 誰かを大好きになれない人もいるの?」 ナターシャ、それが不思議だったんダヨ。 デモ、マーマは あんまり不思議じゃなさそうに、 「いるよ」 って。 「この世界には、自分が好きな人より、自分の方が大切な人もいるんだよ」 ナターシャ、ますます不思議な気持ちになったヨ。 ダカラ、きっと ナターシャ、不思議そうな顔をしたんだと思ウ。 マーマは、ナターシャの顔を覗き込んで、ふふって笑っタ。 「ナターシャちゃんを守るために、氷河は平気で命をかける。氷河は、ナターシャちゃんを守るためになら、どんな危険の中にも飛び込んでいく。でも、自分が怪我をしたくないから、自分を守るために、好きな人を助けない人もいるの。それは悪いことじゃないんだよ。この世界には きっと、そういう人の方が多いしね。好きな人を助けようとして、自分まで危ない目に会うようなこともあるだろうから。そんな時のために、アテナの聖闘士がいるんだよ」 マーマは そう言ったケド。 そう、マーマは言ったケド。 デモ。 「ナターシャは、パパのためなら、タトエ ヒノナカ、ミズノナカ だよ! パパがワルモノに負けそうになってたら、絶対に助けてあげるヨ! パパのためになら、可愛い お洋服が着れなくなっても、素敵な おうちがなくなっても、ナターシャは平気ダヨ!」 可愛い お洋服が着れなくなっても、素敵な お家がなくなっても、ナターシャは平気ダヨ。 ダッテ、ナターシャの大好きなパパがいなくなったら、ナターシャはシアワセじゃなくなっちゃうモノ。 デモ、パパがいてくれば、ナターシャは シアワセなナターシャでいられるんダヨ。 それは とっても大事なことだから、ナターシャ、大きな声で言ったんダヨ。 桃の花がびっくりするくらい。 なのに、びっくりしたのは桃の花じゃなく、パパの方だった。 ナターシャが そう言うと、パパは 何だか怒ってるみたいに恐い目になって ナターシャを見て、それから、恐い目のままで マーマを見た。 パパが怒ってないことは、ナターシャには わかったんだけど、でも、恐い目。 ナターシャ、何か変なことを言ったのカナ? って、ドギマギしちゃったヨ。 マーマは優しい目をしてたカラ、ナターシャ、悪いことは言ってないんだって わかったケド。 ナターシャが、しちゃいけないコトをしたり、言っちゃいけないコトを言っちゃった時には、パパじゃなくマーマの方が 恐い目になるノ。 マーマが優しい目をしてる時は、ナターシャは悪くないんダヨ。 ダイジョウブ。 マーマは 優しい目をしてる。 「ナターシャちゃんも天才だね。大好きの天才は、幸せの天才だよ。でもね。氷河が悪者に負けそうになっていたら、僕が氷河を助けるから、ナターシャちゃんは 僕たちを応援しててちょうだい。ナターシャちゃんが怪我をしたりしたら、氷河が泣いちゃうから」 「エ……」 ソッカ。 ソーダネ。 ナターシャが大怪我したら、パパが泣いちゃうかもしれないネ。 ナターシャ、パパが泣くのはいやダヨ。 きっと、パパもマーマもいやだと思う。 パパは、マーマのいるところでは、カッコいいパパでいたいんダカラ。 ナターシャ、パパとマーマのために、「ウン」って答えた。 そしたら、パパが安心したみたいに、ナターシャを抱っこしてくれたヨ。 パパに抱っこされて、ナターシャ、その時 思ったノ。 パパとマーマが世界の平和を守るために戦うのはナゼなのかなぁって。 パパとマーマが怪我したら、ナターシャだって泣いちゃうのに。 |