パパが 抱っこしてたナターシャを ゆっくりと桃の木の下に降ろしたのは、きっとマーマが とっても大事なことを話そうとしているのが わかったから。
それがアテナの聖闘士同士だからなのか、パパとマーマだからなのかは、ナターシャにも よくわかってないんだけど、パパとマーマは 言葉にしなくても、いろんなことを すぐに わかり合っちゃうんダヨ。
地面に下りたナターシャの前に しゃがんで、マーマがナターシャの顔を覗き込んでくる。
マーマは、すごくすごく真剣な目をして ナターシャの顔を見詰めた。
そして、言ったノ。
「僕たちが、誰かのせいで死んでしまっても、誰かのせいで この世界から消えてしまっても、ナターシャちゃんは、その誰かを恨んだり憎んだりしないで。仕返ししようなんて思わないで。ただ氷河を好きなナターシャちゃんでいて」
って。

それが、マーマがツマズイタ石?
それが、マーマの失敗?
それは、もしかしたらアフロディーテおじちゃんのコト?
前に、星矢お兄ちゃんが、
「瞬はまだ、アフロディーテのこと、気にしてるのかな」
って言ってた。
ナターシャが、
「ドーシテ、マーマがアフロディーテおじちゃんのこと、気にするノ?」
って訊いたら、星矢お兄ちゃんは、
「何でもない」
って言って、ナターシャに その訳を教えてくれなかった。
マーマがアフロディーテおじちゃんのこと気にしてタラ、パパが焼きもち焼いて怒るって思ったカラ、ナターシャもナンデモナイことにしたケド。

「僕や氷河のせいで、ナターシャちゃんが誰かを憎んだり恨んだりしたら、きっと、その人も ナターシャちゃんを同じように恨んだり憎んだりする。ナターシャちゃんのことを嫌いになる。僕や氷河は、僕たちのせいで ナターシャちゃんが誰かに嫌われるのは嫌なの。僕は、ナターシャちゃんには、ただ氷河を好きなナターシャちゃんでいてほしい。氷河を大好きで、幸せなナターシャちゃんでいてほしいんだよ」
ナターシャに そう言うマーマの目は、すごく真剣で、いつも にこにこしてるマーマと全然違った。
マーマが マーマの失敗を すごくすごくコウカイしてるコトが、ナターシャには わかったヨ。
マーマは、マーマと同じ失敗を ナターシャに絶対にしてほしくないって思ってるコトが、ナターシャには わかった。

マーマの失敗が どんな失敗だったのか、ナターシャはマーマに訊かなかったノ。
訊かなくても、マーマがナターシャに どんなナターシャでいてほしいのかが、ナターシャには わかったカラ。
ナターシャも、マーマが言うみたいなナターシャでいたいって思ったカラ。
だから、ナターシャは、
「ウン。約束するヨ」
って、マーマに答えたノ。
マーマは嬉しそうに笑って、ナターシャにイイコイイコしてくれた。

マーマのイイコイイコは、とっても気持ちいいんダヨ。
すごく あったかくて、優しいキモチになる。
ナターシャは とってもイイコなんだって感じるんダヨ。
パパを大好きでシアワセなナターシャは、イイコで、いいキモチ。
ナターシャは、だから、マーマに言ったんダヨ。
「マーマも約束シテ」
って。
マーマにも、ナターシャを大好きでシアワセなマーマでいてほしかったカラ。
マーマにもイイコで、いいキモチでいてほしかったカラ。

「え?」
「ナターシャが 誰かのせいで死んじゃっても、この世界から消えちゃっても、その人を恨んだり 憎んだりしないで。ナターシャを大好きなマーマでいて」
ナターシャに そう言われて、マーマはびっくりしたみたいに きょとんとした顔になった。
ナターシャ、変なこと言ったカナ?
言ってないヨネ?
マーマが ナターシャに、『パパを大好きでシアワセなナターシャでいて』って言うのと同じことを言っただけだヨネ?
それは、マーマに同じ失敗を繰り返させないことで、イイコトだヨネ?
ナターシャはマーマに、ナターシャを大好きな幸せなマーマでいてほしいヨ。
失敗マーマはいやダヨ。

マーマは、同じ失敗を繰り返さないでって ナターシャに言ったくせに、もしかしたら、同じ失敗をするつもりでいたのかもしれない。
すごく迷って、泣きそうな目をして、でも 最後に、
「約束するよ、ナターシャちゃん」
って言ってくれた。
「僕は、ナターシャちゃんのせいで 不幸な僕にはならない。僕は、いつまでも、ナターシャちゃんを大好きな僕でいる」
って、ナターシャに約束してくれた。

ナターシャ、ヨカッター! って思ったヨ。
ナターシャは、マーマには いつも優しくて、あったかくて、ナターシャを大好きなマーマでいてほしいモノ。
誰かを 恨んだり憎んだりしてるマーマは、ナターシャの大好きなマーマじゃないヨ。

ナターシャは、マーマが いつまでもナターシャを大好きなマーマでいてくれることが決まって、安心した。
安心して、そしたら 次はパパ。
ナターシャは パパの方を振り返って、
「パパもー」
パパとも約束しようとした。
それはイイコトだって、マーマがホショウしてくれてるのに、パパは 約束するのを嫌がってた。
パパは、ナターシャのせいで 誰かを恨んだり憎んだりしようとしてたのカナ。

でも、ナターシャ、そんなの いやダヨ。
パパには いつまでも、ナターシャを大好きな幸せパパでいてほしい。
パパに、ナターシャを好きなことを忘れないでいてほしい。
ナターシャとマーマを大好きな幸せパパが、ナターシャの大好きなパパだよ。
「パパは、ナターシャがいなくなったら、ナターシャを好きだったことを忘れちゃウ? ナターシャを大好きでなくなっちゃウ? ナターシャ、そんなの いやダヨ。ナターシャは、パパには いつも、ナターシャを大好きな幸せパパでいてほしいヨ……」

ナターシャが半分べそをかきながら そう言ったら、パパはやっと約束してくれた。
いつまでも ナターシャを大好きな幸せパパでいるって 言ってくれた。
そして、パパは、ナターシャを ぎゅうって抱きしめてくれたんダヨ。
パパは なんだか ちょっとつらそうだったけど、パパはナターシャとの約束は絶対に破らないから、きっと大丈夫って、ナターシャ、思ったヨ。

そんなナターシャとパパを見て、マーマが、
「桃園の誓いだね」
って言った。
うんと昔の中国で、三人のゴウケツが、桃の花が咲いてるお庭で、いつまでも仲良しでいようねって約束したんだって。
ゴウケツっていうのは、アテナの聖闘士みたいに強い人のことだよって、マーマが教えてくれた。
ナターシャ、パパとマーマと一緒に アテナの聖闘士になったみたいなキモチがして、わくわくしたヨ!






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