僕はアテナの聖闘士になって、アテナの聖闘士としての戦いを戦い続けている。 こちらの世界は野蛮で不平等だ。 才能や適性ではなく、人種や生まれや親の地位――いってみれば、運で、人生の大まかな枠組みが決まる。 その枠組みからは、知性なり腕力なり芸術性なり、何らかの突出した才能がないと抜け出すことはできない。 貧富の差は はなはだしく、社会的な幸不幸も明瞭。 争いも絶えることがない。 僕が見ている夢の世界のように、才能や適性こそが重視される世界だったら、僕の仲間たちは皆、アッパークラスに属することになるだろう。 健康で体力があり、運動能力に優れ、知能も高い。 滅多なことでは挫けない精神力もある。 多分に性格に きついところがあって、穏和という要素は 少々 欠いているから、12神になることは無理かもしれないけど。 好戦的な人間はすぐに矯正施設に送られるから、氷河や星矢や一輝兄さんは 矯正の必要ありと判断されるかもしれないけど、でも、いろんな才能には恵まれてるから、決してロウアークラスに落とされることはない。 紫龍は確実にアッパークラスだ。 この世界では、アテナの聖闘士になっていなかったら、僕たちは 最下層で一生を過ごすことになっていたかもしれないのに。 そういう意味では――尋常でない努力を みなしごに強要してくれた城戸翁に、僕たちは感謝すべきなのかもしれない。 努力しても聖闘士になることのなかった仲間たちのことを思うと、悲しくてならないけど。 そんなことを思いながら、僕は、どうして僕は あんな夢を見るんだろうと、改めて――もしかしたら初めて真剣に、考えることをしたんだ。 これまでは単純に、戦いのない理想の世界を毎晩 夢見ているだけなんだと思っていたけど、あの12神選抜は――僕の理想とは異なる。異質だ。 僕は、僕の この現実の世界で、あんな奇妙な仕組みを“理想”と思ったことはない。 絶対にない。 なのになぜ? あれは、本当に ただの夢なんだろうか。 才能と適性で選ばれた12神が世界を統治している、戦いのない世界。――あれが? 「なに、ぼんやりしてる」 平和ではない世界の束の間の――本当に束の間の――平和の中で、そんなことを考えていた僕に 氷河が尋ねてくる。 ふいを衝かれて、僕はびっくりした。 早朝で、みんなは まだ自分の部屋の中だと思っていたから。 僕が起き出したのに気付いて、ベッドから出てきてくれたのかな? 僕を見詰める氷河の瞳は、今日は ちょっと気遣わしげだった。 「さっきまで見ていた夢を思い出して……。夢の中で、僕は、平和で平等な世界に――区別はあっても差別のない世界に暮らしているんだ」 そう。あれは夢の世界だ。 現実の世界では、平等の実現は難しい。 だから、平和の実現も難しい。 「沙織さんは聖域に向かうことを決意したようだ。聖域を我が物顔で牛耳っている不逞の輩から、真のアテナとして、本来の権利を取り戻すために」 「うん……」 うん。いずれ そうなるだろうとは思ってたよ。 沙織さんに その決意をさせたのは、他ならぬ教皇――幼いアテナの命を奪うことを企み、今の地位に就いている教皇だ。 彼が今度こそ 沙織さんの命を奪おうとして刺客を送り込み続けるから、沙織さんは聖域の教皇を 自分の欲望を満たすために他のすべてを顧みない人間だと判断せざるを得なくなった。 そして、僕たちが逆賊の汚名を着せられ、傷付いていくことに耐えられなくなったんだ。 この世界では――僕が生きている 現実の世界では――正義を行なうためには、人は戦わなければならない。 平和も正義も、戦って 勝ち取るしかないんだ。 この世界で生きている限り、僕は――。 「おまえ、戦うのがつらいのなら……」 「え?」 今朝の氷河の眼差しが気遣わしげなのは、そして 彼にしては珍しく早起きなのは、それを案じてのことだったみたい――戦いが嫌いな僕の心を案じてのことだったみたい。 氷河の瞳の いつも熱っぽさが 鳴りを潜めている理由が それだったってことがわかって、僕は――馬鹿だね。 僕は、心のどこかで安心してる。 でも、僕は すぐに、 「行くよ。みんなと一緒に」 と、氷河に答えた。 それが、この世界で生きているアテナの聖闘士の務めだもの。 「聖域を我欲で支配している人間がいて、その人間は自分を守るために 他を犠牲にする人だ。そんな人に 権力を持たせていたら、彼のために命を落とす人が増えるばかり。地上の平和が乱されるばかり。それは、何としても阻止しなきゃならない」 僕は、きっぱりした口調で、毅然として、そう言ったつもりだったんだけど、それでも氷河は僕の心を案じるのを辞められなかったみたいだった。 「戦えるのか」 「心配しないで」 「おまえは優しすぎるから」 それは買いかぶり。 現実の世界では、“優しすぎる”ことは、決して美徳じゃないし――そもそも それは誤認だよ。 僕は、首を横に振った。 優しいのは、氷河たちの方だと思う。 僕みたいにアテナの聖闘士になっておきながら、『戦いは嫌いだ』なんて堂々と公言している聖闘士失格の僕を、仲間として認め、こんなふうに気遣ってくれるんだから。 僕は、平和を守りたいよ。 もちろん、平和を守りたい。 でも、それ以上に――仲間と一緒にいたい――氷河たちの仲間でいたいんだ。 |