日本国の帝の証である三種の神器。 その一つである草薙剣は、日本の国を作ったイザナギの子であるスサノオノミコトがクシナダヒメを救うためにヤマタノオロチを退治した際、その尾から出てきた神剣と言われている。 その後、景行天皇の時代に、伊勢神宮の斎宮が 東征に向かうヤマトタケルに剣を託し、タケルは、その剣を携えて 東方の蛮族の討伐に向かった。 その剣を手放して まもなく、タケルは荒ぶる神のために病を得て、ヤマトの国に戻ることなく異郷の地で没する。 それゆえ、草薙剣は、武力の象徴ではあるが武器ではなく、霊的な守護の力を持った神器と見なされるようになった――らしい。 その程度の知識は、瞬も持っていた――瞬にはその程度の知識しかなかった。 その神の剣を守るために、剣を神体としている熱田神宮で 一騒動があったらしい。 地上の平和を守るために戦うことはするが、聖剣をめぐる戦いにおいては、瞬たちは部外者。 とはいえ、剣を巡って牡羊座の聖闘士たちの攻防があったとなると、アテナの聖闘士である瞬も 完全な他人事として 知らぬ顔はしていられない。 だから、瞬は、その話題を口にのぼらせたのだが、草薙剣の名を聞くと、途端に氷河は嫌そうな顔になった。 聖剣戦争において 自分が蚊帳の外に置かれていることが気に入らないのか、あるいは、その争いに紫龍が巻き込まれていることに 思うところがあるのか。 氷河の不快の理由が そのいずれであるにしても、氷河の不快の念が あまりに あからさまだったので、瞬は その反応を訝ったのである。 地上の平和が脅かされていることが 氷河の心を刺激したのであれば、氷河は憂いの色を見せるはず。 剣を巡る騒動にアテナの聖闘士が巻き込まれることに 思うところがあるのであれば、怒りの感情を抱くはず。 だが、草薙剣の話題に 氷河が見せたものは、憂いや怒りではなく、正しく不快の念だったのだ。 「で? 草薙剣の何が気に入らないの」 氷河に尋ねる瞬の口調が深刻なものではなく、からかうような それだったのは、氷河を支配している感情が憂愁でも憤怒でもなかったから。 氷河は、草薙剣の何かが気に障っただけなのだということが わかっているからだった。 案の定、氷河からは、地上の平和という問題には かすりもしない答えが返ってきた。 「剣が気に入らないんじゃない。気に入らないのは剣の持ち主の方。俺は ヤマトタケルが嫌いなんだ」 「ヤマトタケルが? どうして? ヤマトタケルは古代日本最高の英雄でしょう。父である天皇の命に従って、ヤマト朝廷の敵と戦い続けて、勝利を重ねて――でも どんな報いも受けないまま、故郷から遠く離れた異郷の地で没した悲劇の英雄。しかも、死後は白鳥になったっていう美しいイメージの持ち主。元白鳥座の聖闘士である氷河には、共感できるものもあるんじゃないの?」 首をかしげて尋ねた瞬に、尋ねられた氷河より先に ナターシャから、 「ナターシャ、知ってる! 絵本で読んだヨ。ヤマトタケルは白鳥の皇子様ダヨ!」 という、元気な答えが返ってくる。 ナターシャは、先日、日本の神様の物語の絵本を読んだばかりだった。 日本の神様とギリシャの神様の違いが わからないというナターシャのために、瞬が見繕って買い与えた数冊の本の中に、ヤマトタケルを扱ったものがあったのだ。 ちなみに、ナターシャは、日本の神様とギリシャの神様の最大の違いは、着衣と髪型にある――という理解の仕方をしたようだった。 ナターシャの理解を、瞬は 最初は 子供らしい表層的なものだと感じたのだが、案外 それは正鵠を射たものなのかもしれないと、まもなく瞬は思い直したのである。 実際、日本の神々とギリシャの神々は 外見以外は かなり似通っているのだ。 何よりもまず、どちらも極めて人間的な存在である――という点で。 ヤマトタケルは、ギリシャ神話でいうなら、神託によって12の難業を強いられたヘラクレス、あるいは、セリポス島の領主にゴルゴーン退治を命じられたペルセウスといったところ。 ヤマトタケルは死後は白鳥になり、ギリシャの英雄たちは星座になるという違いはあるのだが、ナターシャにとって それらの英雄たちは、“それぞれの戦いの後に、美しいものに変わった”という共通項で くくられる“同じもの”であるらしかった。 その強さを父帝に疎まれたヤマトタケルは、皇子でありながら、政治の中枢、ヤマトの国の都から遠ざけられる。 ヤマト朝廷に従わないクマソの平定を命じられ、九州の地に渡ったヤマトタケルは、そこで女性に化けてクマソの宴に忍び込み、クマソの頭領であるクマソタケルを討った。 タケルが クマソ征伐を成し遂げて都に戻ると、父帝は その功を称賛することも 労をねぎらうこともせず、すぐに東の12の国の平定を命じる。 彼は、『父王は私に死ねというのか』と嘆きながら、草薙剣を携えて、東方に向かったという。 そうして、東征を果たし、伊吹山の神を討ちに向かったヤマトタケルは、神の怒りによって病を得、その地で亡くなるのだ。 死後は、白鳥になって 懐かしいヤマトの国に向かって飛び去ったと言われている。 凛々しい皇子の白鳥への変身が、ナターシャの美意識を刺激したのだろう。 ヤマタノオロチの絵本より、海幸山幸の絵本より、イナバのシロウサギの絵本より、ヤマトタケルの絵本が、ナターシャの目下の いちばんのお気に入りだった。 大人は、ヤマトタケルを華々しい戦功に報いられることのなかった悲劇の英雄と見なすが、ナターシャには、ヤマトの国の王様になることより白鳥になることの方が素晴らしい ご褒美であるらしい。 それゆえ、ナターシャは、ヤマトタケルを悲劇の英雄と捉えてはいないようだった。 そして、どうやら、全く違う理由で、氷河も ナターシャと同じ考えでいるらしい――彼も、ヤマトタケルを悲劇の英雄とは見なしていないようだった。 「あんな男に共感できるところなぞ あるか!」 瞬が 軽い気持ちで告げた言葉で いよいよ不快の念を深めたらしく、吐き捨てるように、氷河は言った。 「ヤマトタケルに何人の女がいたと思う。子のいる妃や妻だけで6人。子のない女、行きずりの女に至っては数知れず。何が悲劇の英雄だ。ただの漁色家。あっちでも こっちでも 女を引っ掛けて、国の平定なぞ、奴にとっては 女を引っ掛けるついでの余興にすぎなかったに決まっている!」 「あ、そういう問題」 氷河が 歴史上の人物、創作物の人物を嫌う場合、その人間は 女たらしであることが多い。 実在の人物では、在原業平、嵯峨天皇、豊臣秀吉、徳川家斉、創作物の登場人物では、『源氏物語』の光源氏に、『好色一代男』の世之介 等々。 知らずに嫌うのはよろしくないという考えの氷河は、そういう人物について ちゃんと調べてから嫌うので、彼等の人となりには 並み以上に詳しい。 妙なところで 筋を通そうとする氷河に、瞬は唇の端だけで 微かに笑った。 「でも、ヤマトタケルは天皇の皇子なんだよ。血筋がよくて、勇敢で、女性の衣装を まとえば 見事な美女になりおおせたっていうんだから、容姿も優れていたんでしょう。そんな人を 女性が放っておくわけないし、政略的に そうしなきゃならないこともあったんじゃないかな。現代とヤマトタケルの頃とでは倫理観も違う。彼が生きていたのは 複数の妻を持つのが当たりまえの時代だったんだから……」 「それで女たちを幸せにしたのなら、俺も文句は言わない。だが、そうではないからな。オトタチバナヒメに至っては、ろくでなしの亭主を救うために、海に身を投げるようなことまでしているんだぞ! そうまでしてくれた妻を誠実に思い続けるなら、まだ救いもあるが、その直後に あの男はミヤズヒメを妻に迎えている。ヤマトタケルは誠意がないんだ、誠意が!」 氷河が激している訳がわからないのか、白鳥の英雄が大好きなナターシャは、氷河の剣幕に きょとんとしている。 それは 幼い子供の前でしていい話ではないし、そんな話を聞かされても ナターシャには理解できないだろうと、瞬は慌てたのだが、なんと ナターシャは 氷河の剣幕の訳を きっちり理解できていたらしかった。 「パパはマーマ一筋だから、ウワキ男が嫌いなんだヨネ。蘭子ママが言ってた。パパは、見た目と中身の ぎゃっぷがハナハダシイところがカワイイって」 いったい蘭子は、こんな小さな子供に何を言っているのか。 瞬は渋面になったが、氷河は 瞬以上にきまりが悪くなったようだった。 氷河は どうやら、『あっちでも こっちでも女を引っ掛けて』の意味が、ナターシャには わからないものと油断して、そんなことを がなり立てていたらしい。 “わかる”のなら、それは純真な子供の前で語っていいことではないと考えるくらいの良識は、氷河にもあったのだろう。 彼は ごほんと咳払いをして、話の方向を180度――もとい、120度ほど、変えることをした。 「そういえば、俺の店から1キロほどのところに、ヤマトタケルの妻のオトタチバナヒメゆかりの神社があるぞ。吾嬬神社――オトタチバナヒメが ヤマトタケルを救うために海に身を投げた際の遺品が流れ着いたのが神社の起源らしい」 “知りもしない人間を嫌うのは失礼で愚か”を信条にしているだけあって、氷河は本当に(無駄に)嫌いな男に詳しい。 その知識は、実に広い範囲をカバーしている。 氷河の律儀に、瞬は 思わず感動してしまった。 「さすがは氷河。詳しいね。ナターシャちゃん、今度、お参りに行ってみようか。氷河の お店の近くに、ヤマトタケルを助けたお姫様の神社があるんだって。白鳥の皇子様に会えますようにって、お願いしに行こう」 「ナターシャ、お参りに行クー!」 それがヤマトタケル当人を祀った神社だったなら、氷河は決然として、ナターシャの参詣を妨害していたに違いない。 それが 彼の嫌いな男の被害者を祀った神社だったから、彼は ナターシャたちのお参りの案内を務める気になってくれたのだろう。 翌日は、ちょうど瞬が非番だったので、瞬たちは ヤマトタケルの妻だったオトタチバナヒメ由来の神社に お参りに行ってみることにしたのだった。 |