「ナターシャちゃん、そのペンダントが そんなに気に入ったの?」 「うん。ナターシャ、とっても気に入ったヨ!」 「そうなんだ。ナターシャちゃんの お気に入りのペンダント、僕にも見せてくれる?」 「ナターシャ、ナターシャのペンダント、マーマに見せてあげるヨ!」 『マーマだから特別』と言うように、ナターシャが、首から外したペンダントを大事そうに瞬に手渡してくる。 手に取って 間近で見ても、ナターシャが そのペンダントのどこが それほど気に入ったのかが、瞬には すぐにはわからなかった。 そのペンダントは、見るからに手作り。幼い子供が工作で作ったような、ナターシャの好みの“繊細”の対極にあるような品だった。 首に掛ける部分は チェーンではなく、スニーカーの紐と見誤りそうな、幅5ミリほどのピンク色の紐。 大きなペンダントトップの台座は紙粘土。 おそらく、紙粘土をクッキーの型抜きで形を整え、その中央に小さな石を嵌め込んだものである。 絶対にナターシャの趣味ではない、ごつごつと武骨な作りのアクセサリーを、彼女が やけに気に入っているのは、紙粘土の台座に嵌め込まれた石が、異様に輝いているからなのだろう――と、瞬は察した。 察すると同時に、背筋が凍りつく。 紙粘土に埋め込まれている無職透明の石の輝きが、ガラスやプラスチックのそれではない――ような気がしたから。 「氷河」 氷河の名を呼ぶ瞬の声が、僅かに震える。 石は小さかった。 ナターシャの小指の爪の大きさほどしかない。 だが、瞬の目には、それが本物のダイヤモンドに見えるのだ。 無論、瞬はプロの鑑定士ではなく、ガラスとダイヤの区別はついても、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドの区別はつかない。 それは、氷河も同様である。 とはいえ、それは、『本物かもしれない』と疑える程度には 本物めいていた。 「いや、しかし、まさか――。本物のダイヤを、こんな紙粘土に埋め込むか?」 そんなことをする人間がいるはずがない――これが本物のダイヤであるはずがない。 そう呟く氷河にも、確信は なさげだった。 そんなことは あり得ない――とは思うが、それでも 氷河と瞬は 自身の中に生まれた不安を拭いさることができなかったのである。 「ナターシャちゃん、やっぱり、そのおじちゃんにお礼を言いたいから、探しに行こう」 “きらきらしてて キレーイ”なペンダントは、ナターシャにターザンロープの存在を完全に忘れさせてしまったらしく、瞬の言葉に、ナターシャは嬉しそうに元気に頷いてきた。 ターザンロープで遊ぶことは いつでもできるが、出遅れた おじちゃん探しは、今しかできない冒険。 ナターシャは そう思ったのだろう。 氷河と瞬と手をつないで フリーマーケットが開催されている けやき広場に向かうナターシャの足取りは軽かった。 「そのペンダントをくれたおじちゃんがいたら、僕に教えて」 光が丘公園のフリーケットの出店数は300以上。 フリーマーケット会場は、東京スカイツリーのショップフロア並みに混雑していた。 しかも、多くの人が フリーマーケットの店に並べられている品々を覗き込んでいるので、人の顔も確かめにくい。 この人混みの中から、顔も名前も知らない一人の男性を探し出すのは至難のわざ。 それ以前に、寝坊して出遅れたおじちゃんは、既に公園にいないかもしれない。 それでも 瞬たちは、フリーマーケットに出店している店と出店者を、2時間かけて すべて見て回ったのである。 さすがに 店から店へと移動している客までは確認できなかったので、そこまでしても、瞬たちは “寝坊して出遅れた おじちゃん”を見付けることはできなかった。 会場内には、似たようなものを売っている店もなかった。 アクセサリーを出している店は幾つもあったのだが、ビーズの小物や市販の古物を並べている店ばかり。その出店者も女性ばかり。 この場合、ナターシャがもらったペンダントの石が本物のダイヤとは限らないことが いちばんのネックだった。 交番や公園の管理事務所に届け出て、もし玩具だったなら、それでなくても迷子や様々のトラブルが多い日曜日に、お巡りさんや公園の職員に余計な仕事を増やすことになってしまう。 宝石店に持ち込んで鑑定を依頼するのも、万一のこと(盗品である場合等)を考えると、避けた方が無難だろう。 そんな瞬に、蘭子に見てもらおうと言い出したのは氷河だった。 事実確認は早い方がいい。 早速 電話をかけてみると、ママは ちょうどジムでの筋トレが終わったところで、氷河の頼みを 二つ返事で引き受けてくれた。 店が休みなので、そこで落ち合うことにして、氷河たちは 練馬区 光が丘から墨田区 押上に移動。 色とりどりの酒のボトルが並んでいる氷河の店が大好きなナターシャは、慌ただしい休日に文句ひとつ言わず、逆に満悦至極の体で、瞬にとっては それだけが不幸中の幸いだった。 |