公園で、俺が はかばかしい成果を手に入れられなかったのは、急な呼び出しで 事前準備ができていなかったからだ。
初子に思い切り足を踏まれた恨みもあって、俺は数日後、改めて行動を開始した。
初子には内緒で、瞬先生の新情報をゲットして教えてやったら、初子は俺の足を踏んづけたことを反省して、涙を流して感謝してくるかもしれない。
もちろん、それは建前で、俺がほんとに欲しいのは、初子に“恋っての”を断念させるための材料だったんだけどさ。
ともかく、数日後、俺は、今度は優等生を装って、仕事帰りの瞬先生に突撃した。

「まだ信じてもらえませんか?」
待ち伏せしていたのが もろわかりの病院関係者専用門前。
瞬先生は、今日も やわらかい笑顔を俺に向けてくれた。
「先日は失礼しました。ちょっと 信じられないことを聞いて 動転してたもんで。今日は そのお詫びに参上しました」
言葉使いを改めて――俺は 伊達に、成績がよくて、リーダーシップがあって、教師の覚えがめでたい生徒をやってるわけじゃないんだ。
ちゃんと礼儀正しい高校生も演じられる。
真面目に将来や進路のことを考えている受験生の振りだって、お茶の子さいさい(死語)だ。

「瞬先生は、医者なんですよね? 俺、医学部に行きたいんですけど、うち、あんまり金がなくて。で、国立ならいいぞって、親に言われたんです」
それは もちろん大嘘だ。
ほんとはどこぞの経済か経営に潜り込むつもりでいる。
公募の一般推薦か、AО。
よっぽど高望みしなきゃ、まず大丈夫だろうって進路指導の先生にも言われてる。
まあ、そんな事実を瞬先生に知らせる必要はないしな。

「瞬先生は どこの大学の医学部を出たんですか?」
俺が 瞬先生に そんなことを訊いたのは、それが どこぞの私大の医学部だったら、『いいとこの金持ちの坊ちゃんかー』と見下すためだった――と思う。
けど、瞬先生からは、俺が逆立ちしても入れない学校の名前が返ってきた。
俺が逆立ちどころか、富士山が逆立ちしても 俺には無理なガッコだ。

「しゅんセンセー、アタマ いいンダー」
意識したわけじゃないのに、俺の声は途轍もない棒読みになっていた。
「そんなことはありません。学費を親に頼れなかったので、国立にしか入れなかったんです」
いや、これは そういう問題じゃないだろ。
地方の偏差値の低い国公立に都落ちしたってのなら ともかくさ。
ま、おかげで俺は、
「すみません。レベルが違い過ぎました」
って言って、瞬先生の前から退散することができたんだけど。


んでも、考えてみれば、どこの大学の医学部を出たのかなんて、自己申告するだけなら誰にだってできるよなーって、やっかみ半分で思った俺は、家に帰ってからネットで確認してみたんだ。
瞬先生の自己申告は事実だったけど、そんなことより。
病院の医者の欠点なんて、そーいやネットでいくらでも探せるんだってことに気付いて、俺、ネットの口コミサイトを覗いてみたわけ。
そしたら、その内容がすごかった。
何がすごいって、何より まず その投稿数が。

ネットの病院の口コミって 基本的に、患者が すごく いい先生と すごく悪い先生にぶち当たった時にしか投稿されないわけ。
で、評判の悪い先生のいる病院には 人は行かなくなるわけで、当然 その投稿数は少なくなる。
そんな中で、投稿数が桁違いに多いってことは、つまり やたらと評判がいいってことなんだ。
光が丘病院の瞬先生の口コミ投稿数は、他の病院、他の医師に比べて、まじで桁違いだった。

『優しい』『丁寧』『安心』『綺麗』『親切』『有能』。
その手の単語が、口コミサイト上には ガンジス河の砂の数も追いつかないほど大量かつ派手に踊っていた。
『瞬先生とお話をしていると、それだけで体調も気分もよくなる』だの、『優しくて、あったかくて、これまで出会った どの先生より安心できた』だの、『初診時選定療養費を払ってでも、診てもらう価値がある』だの、この口コミサイトは瞬先生のファンクラブサイトの掲示板かって ありさまだった。

評価点は もちろん、みんな最高評価。
たまに星が一つ欠けてるのがあると、『人気があるせいで、待つことになるので、星を一つ減らしました』だの『お医者様にしては綺麗すぎるのでマイナス1』だののコメント。
ものすごい長文の投稿があるなーと思って読んでみると、それがまた、瞬先生が いかに親身になって患者に接してくれたのかっていう、感動的なエピソードでさ。
これが みんな事実なら、ヘンタイだって構わないって気になるくらい。
山ほどある投稿を半分 読んだところで、こんな出来すぎの人間もいるんだーって、俺は打ちのめされていた。

医者だって、人間だろ。
たまに虫の居所が悪くて、患者に素っ気ない態度を取ることくらいあったっていいじゃないか。
なのに、そんな投稿が一つもないんだ。
瞬先生、どんだけ強い人間なんだよ。
恋敵が いい人すぎ、立派すぎるのって、ほんと最悪だよ。

そう心の中で毒づいて、俺は初めて気付いたんだ。
俺は 必死になって 恋敵の欠点を見付けようとしていたんだってことに。
かなり気付くのが遅すぎたけど。
そうか。
そういうことだったんだ……。






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