ナターシャが 光が丘の駅に着いたのは、お陽様が沈みかけた夕方。
駅の外に出たら、ナターシャが毎日 通る道。
ナターシャ、すごく安心して、喉がカラカラなのに気付いて、公園の水飲み場で お水を いっぱい飲んだ。
ナターシャの おうちまで、あと少し。
おなかはぺこぺこで、足も痛かったケド、公園の並木道の向こうにパパとマーマとナターシャのマンションが見えてきた時は、ナターシャ 嬉しくて、涙が出ちゃったヨ。
すぐに、パパとマーマが怪我してないことを確かめるまでは 泣いてなんかいられないって思って、涙を拭いたケド。


お陽様が沈んでない夕方。
マーマは病院から帰ってきてるカナ。
パパはまだ お仕事に行ってないカナ。
おうちに ごはんはあるカナ。
ナターシャ、パンやごはんより、スープや果物が食べたいヨ。
バナナやメロンのジュースが飲みたい。
パパとマーマは きっと元気でいるヨネ。

ナターシャ、最後の力を振り絞って、マンションの方に歩き出したんダヨ。
デモ、ナターシャが そこまで行く前に、パパとマーマが マンションの方から光が丘公園の方に歩いてくるのが見えた。
パパもマーマも元気。
怪我もしてナイ。
じゃあ、悪者退治は終わったんダ!
だから、世界は平和なんダ!

「パパ! マーマ!」
ナターシャは とっても嬉しくなって、安心して、パパとマーマの方に向かって駆けていったんだヨ。
なのに。
なのに、ドーシテ。
パパとマーマを呼ぶナターシャの声は 聞こえたはずナノニ。
ナターシャの顔だって、ちゃんと見えてるはずナノニ。

パパとマーマは、まるで 知らない子を見るみたいな目で ナターシャを見てきた。
パパとマーマが、歩くのをやめる。
マーマがパパの手を ぎゅっと握りしめる。
パパは ナターシャの顔をじっと見詰めた。
黙って、じっと見詰めて、最後に、
「誰だ」
って、ナターシャに言った。
パパは何を言ってるノ。

パパは……パパは、すごく真面目な顔をして トンデモナイ冗談を言うことがあるんダヨ。
ナターシャは そんなことないって思うケド、星矢お兄ちゃんや紫龍おじちゃんは いつも そう言ってる。
きっと、こういうことなんだ。
パパは真面目な顔で冗談を言ってるンダ。
ナターシャ、そう思って、パパのとこまで走っていった。
「パパ!」
パパに抱っこしてもらうために。
いつもは すぐに腕をのばして抱っこしてくれるのに、パパは そうしてくれなかった。
パパは まだ、よそのおうちの知らない子を見るみたいな目で ナターシャを見てる。

パパ、真面目な顔で冗談を言うのは、もう終わりにシテ。
ナターシャ、おなかぺこぺこなんダヨ。
ナターシャ、パパとマーマを助けようと思って、センダイから光が丘まで 頑張って帰ってきたんダヨ。
パパ、冗談 ヤメテ。
ナターシャを抱っこして。
ナターシャに『おかえり』って言って。
『よく頑張ったな』って言って。
ナターシャ、ほんとに泣きそうダヨ。
マーマ、パパを叱って。
『冗談はやめて』って、パパに言って。
マーマ。
ナターシャ、おなかぺこぺこで、足も ズキズキしてるんダヨ。

マーマは、パパと違って、真面目な顔で冗談は言わない。
いつも にこにこしてて、正しいことを言う。
時々 ワルフザケがスギル星矢お兄ちゃんを叱ったりもする。
だから、ナターシャは、マーマがナターシャの前でしゃがんで ナターシャの顔を見詰めてくれた時、もうダイジョウブって思った。
パパの真面目冗談は もう終わり。
マーマがナターシャを抱っこして、おうちに連れていって、ごはんを食べさせてくれるって思った。
そう思ったノニ。

マーマはナターシャの顔を見て、
「迷子なの? パパとママはどこ?」
って、訊いてきた。
パパだけじゃなく マーマまで、知らない よその子を見るみたいな目。
ナターシャ、ほんとに泣きそうダヨ。
目の奥と鼻の奥が つんとして痛いヨ!

「マーマ、なに言ってるノ! ナターシャダヨ!」
「ナターシャちゃん? もう夜になるよ。ナターシャちゃんは ナターシャちゃんのおうちに帰らなくちゃ」
マーマは なに言ってるの?
ナターシャのおうちは、パパとマーマのおうちダヨ。
マーマ、マーマ、パパ。
パパとマーマは、ナターシャのこと、忘れちゃったノ?
あんなに優しかったパパとマーマが、ナターシャを忘れちゃったノ?

そんなこと あるはずない。
そんなこと、あるはずないヨ!
パパは いつも、ナターシャのこと、世界一可愛いって言ってた。
マーマは いつも、ナターシャのこと、とっても いい子だねって言ってた。
ナターシャのパパとマーマが、ナターシャのこと 忘れるはずない。
ナターシャのこと知らないパパとマーマは、ナターシャのパパとマーマじゃない。
このパパとマーマはナターシャのパパとマーマじゃない。
パパとマーマのニセモノだ。
パパとマーマは、もしかしたら、悪者にカラダを乗っ取られたのかもしれない。
ニセモノだ。
このパパとマーマは、ニセモノなんだ!

「ナターシャのパパとマーマはどこ !? 」
ナターシャは、ニセモノのマーマの身体を突き飛ばして、ニセモノのパパとマーマの側から離れた。
パパとマーマが ナターシャのこと 忘れたなんて 嘘だ!
絶対に、嘘だ!

「ドーシテ、ドーシテ、ドーシテッ!」
ナターシャのパパとマーマが、ナターシャのこと 忘れるはずがない。
そんなの、ナターシャ、許さない!
「ナターシャのパパとマーマを返してっ !! 」
大きな声で叫んだら――ナターシャは海の中にいた。
ナターシャ、いつのまにか、海の中にイタ。
光が丘公園が水の中に沈んでいく。
変ナノ。
なんでだろ。
ナターシャは何もしてないノニ、勝手に海が暴れるヨ。

「ナターシャのパパとマーマを返せーっ!」
叫んでるのはナターシャなの?
そんなはずないヨ。
ナターシャは、おなかがペコペコで、足が ズキズキで、くたくたに疲れてるんダヨ。
叫んだり、暴れたりすることなんか、できるはずないノニ。

「ナターシャ、駄目だっ!」
パパが、ナターシャに叫んでる。
「ナターシャちゃん! そんなことしちゃ、だめっ!」
マーマも、ナターシャに 叫んでる。
ナーンダ。
パパとマーマは、ちゃんと ナターシャがナターシャだって わかってたんダ。

パパ、マーマ。
ナターシャ、おなかが空いたヨ。
ナターシャ、パパとマーマを助けるために、一人で頑張って センダイから パパとマーマとナターシャのおうちに帰ってきたんダヨ。
パパ、マーマ。
ナターシャ、どうしたらイイノ。
ナターシャ、海が暴れるのを止められないヨ。
パパ、マーマ。ナターシャを助けて。
ナターシャ、もう、ワダツミには戻りたくないノ。
ナターシャは、いつまでもパパとマーマのナターシャでいたいノ。
パパ、マーマ。ナターシャを助けて!

ナターシャがパパとマーマにお願いしたら、
「わかっている」
って、パパが言った。
「ナターシャちゃん、大丈夫だよ」
って、マーマが言った。
それから、パパとマーマは 暴れる海を凍らせて、金色の鎖で ナターシャの心を包み込んだ。






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