「な……何を考えてるんだっ! あんたたちは何者だっ。俺を罠にかけようとしているのか! それとも、あんたたちはロボット――いや、宇宙人なのかっ。」 「は?」 「寄るなっ! 近付くなっ! 俺に触るなーっ !! 」 腰を下ろしていたカウンターチェアから立ち上がり、彼は悲鳴としか言いようのない大声を響かせながら、テーブル席の方に後ずさっていった。 彼の顔は 恐怖で歪んでいる。 瞬は 不審客の狂乱の様に、唖然としてしまったのである。 “罠にかける”、“ロボット”、“宇宙人”――とは、そもそも どこから出てきた発想なのだろう。 こんな客は初めてだったのか、真面目かつ勤勉にグラス磨きに勤しんでいたシュラが、さすがに驚いたらしく、その顔を上げる。 この段になって、瞬も、確かに彼は挙動不審な人物だと認めないわけにはいかなくなった。 最初から彼を不審人物と決めつけていた(看破していた?)氷河が、もはや遠慮する必要はなくなったと言わんばかりの勢いで、彼を怒鳴りつけ始める。 「わけのわからないことを わめき立てるな! 瞬は親切で言ってやったのに、なんだ、その態度は!」 「あんたたちは、自分たちが普通の人間だと言い張るつもりかっ!」 言動が尋常ではないから、不審人物は不審人物である。 氷河に氷のように冷たい目で睨みつけられ、氷柱のように鋭い声で非難されても、彼は恐れ たじろぐ様子を見せなかった。 それどころか、ますます 声の音量を大きくして、彼は 氷河に怒鳴り声を返すという芸当をしてのけた。 そんな二人のおかげで、瞬は 逆に冷静になることができたのである。 意識して穏やかな声で、 「あなたと同じように」 と、不審客に答える。 残念ながら、不審客は それでも落ち着いてはくれなかったが。 「そんなはずはない。あんたたちは普通の人間じゃない。普通の人間は、その子だけだ。普通の人間なら、何か考えているはずなのに、あんたたちは何も考えていない!」 「僕たちが何も考えていない……?」 「わけがわからん。貴様は 酒乱なのか?」 不審客の あまりの取り乱しよう、あまりの支離滅裂ぶりに、怒気が しぼんでしまったのか、氷河の声が抑揚のない(彼の)通常モードに戻る。 激している人間が二人から一人に減って、瞬は 対処がしやすくなった。 「なぜ、僕たちが何も考えていないと思うんです。何も考えていない人間なんて 存在しませんよ。眠っているのでもない限り。眠っている時だって、脳は活動していますし」 「嘘をつくな! ごまかそうとしても無駄だ。俺は、人の考えていることが読めるんだ。親切顔をしている人間が 腹の底で何を考えているかが、俺には手に取るようにわかる。綺麗事を言っている奴が 頭の中で真逆のことを考えていても、俺には すべて読める。普通の人間が相手ならな。なのに、俺は あんたたちの考えが読めない。あんたたちが普通の人間であるはずがない!」 「人の考えが読める?」 それは、彼が超能力者――テレパシストだということなのだろうか。 今 この場で展開されているのは、超能力者が、アテナの聖闘士を宇宙人だと思い込んで恐れ混乱している図なのか。 「それとも……あんたたちも超能力者なのか……?」 “ロボット”、“宇宙人”に“超能力者”が追加される。 それらは、“普通”の人間――常識的な社会人なら、まず こういう場面で持ち出してくることのない単語だった。 そして、『あんたたち“も”』という言い方。 では、彼は、自分を普通の人間ではなく超能力者だと思っている――ということになる。 そして、その力が通用しないアテナの聖闘士たちを 自分の同類なのではないかと疑っている――らしい。 『あんたたちも超能力者なのか?』という質問に、アテナの聖闘士は どう答えるべきなのだろう。 それ以前に、彼は本当にテレパシストなのか。 瞬には、その判断ができなかった。 ただ、彼がアテナの聖闘士ではないこと、アテナの聖闘士になるべき人間ではないことだけは、瞬にもわかったのである。 彼には小宇宙が感じられない。 となれば、やはり 彼に アテナの聖闘士の存在を知らせるわけにはいかないだろう。 それが、瞬の至った結論だった。 |