日本人は、(比較的)謙虚で控え目、(比較的)真面目で礼儀正しく、(比較的)規律を好む忍耐強い民族。
(比較的)乗りが悪く、遊興に熱狂したり、非生産的な騒ぎに我を忘れることが(比較的)苦手。
――というのが定説らしい。
普段の生活が穏やかで 我慢する機会が多いからこそ、彼等は 祭りの日には、人が変わったように非日常に没入するのかもしれない。
20XX年 浅草サンバカーニバル当日は大変な人出。
カーニバル会場となる馬道通りから雷門通りは、南半球人の熱狂が そのまま浅草に移植されたかのように、興奮の坩堝(るつぼ)と化していた。

蘭子の扮するアリスは 魔法のキノコを食べて巨大化したアリスで、エプロンドレスの切れ端を身体のあちこちに貼りつけて サンバを踊る蘭子は、不思議の国のアリスというより、肌が緑色でない超人ハルクそのもの。
蘭子は、『愛の自由は、いかなる力をもってしても抑えておくことはできず、無理に押さえつけようとすれば、逆に膨張し、やがて爆発する』ということを表現している(つもり)らしかったが、星矢たちの目には、それは、『己れの肉体美を誇りたいが、綺麗な衣服を着て 我が身を飾ることもしたい』という相反する欲望を持つ人間の苦悶を表現したものにしか見えなかった。

「ナターシャは、水玉きのこでよかったヨ。ナターシャに アリスは無理ダヨ」
「最初に アリスでなくハルクだと言ってくれれば、俺だって、ナターシャをアリスにしろなんて無茶なことは言わなかったんだ。これは、ママにしか務まらない役だ」
という絶賛の言葉を背に受けて、パレード審査に繰り出した蘭子(と彼女のチーム)は、狂喜乱舞というより狂気乱舞。もしくは凶器乱舞。
沿道で見ている星矢と紫龍は、自分たちが 蘭子の勇姿から目を逸らしていることに 蘭子が気付くことがないようにと、それを願うことしかできなかった。

「にしても、結局、瞬が氷河とくっついてる理由は何なんだよ? ガキの頃からの氷河の長期計画が成功したからなのか、氷河がテクニシャンだからなのか、ナターシャがいるからなのか」
瞬が氷河に“くっついて”いる理由の選択肢に、どうあっても『瞬が氷河を好きだから』を加えることだけはしない星矢に、紫龍は 微妙に虚ろな笑いを浮かべることになった。
星矢が加えられない選択肢が意味するところは、『自慢の親友が 馬鹿で悪趣味だった』ということ。
それは 星矢には、意地でも認められない事実なのだろう。

「まあ、人が人を好きになる理由、人と人が共に暮らす理由は 一つだけとは限らないからな。どれか一つではないから、一つの理由が消えても、別の理由で離れられない」
「瞬は 人が好すぎるんだよ。いっつも 氷河や一輝に振り回されて――」
ここで『おまえにも だろう』と言わないのは 武士の情け。
紫龍は、瞬を振り回す人間の中に自分を加えない星矢に、苦笑だけした。

「おまえがいない間に 色々なことがあったが、瞬の人の好さと 俺たちが仲間だということだけは変わっていない。つまり、何も変わっていないんだ」
星矢の仲間たちは誰も、彼を忘れることはなかった。
瞬は、ちゃんと星矢の居場所を確保しておいた。
そして、星矢は、会えずにいた長い時などなかったかのように、ここにいる。
「うん。わかってる」

星矢も わかっているのだ。
姿や境遇が どれほど変わろうと、自分たちが 命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間同士であることだけは変わらない。
ただ、共に過ごすことができなかった年月が 少し切ないだけで。
仲間たちの変化や成長の姿を いつも側で見ていたかったと思うだけで。

「星矢お兄ちゃん、紫龍おじちゃん、ナターシャ、ここダヨーッ!」
サンバを踊り狂う蘭子の肩の上から、沿道に立つ星矢と紫龍の姿を見付けたナターシャが、声を張り上げてパパとマーマの仲間たちを呼ぶ。
蘭子の肩から振り落とされないように、両手で蘭子の頭にしがみついているナターシャの声は、蘭子の動きに連動して弾んでいた。

仲間が減ったというのなら、それは寂しいことだが、仲間は増えたのだ。
「おう! ナターシャ、振り落とされるなよーっ!」
「ウン、ナターシャ、頑張るヨー!」

8月最後の夏祭り。
狂乱の夏が終われば、季節は秋へと移っていく。
そして、秋には 秋の祭りがあるだろう。






Fin.






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