そうして、約束の日曜日。 ナターシャは、朝から大張り切りだった。 「今日は、パパは お寝坊する日だよ!」 と、問答無用で(氷河の意思を確かめずに)決めて、ナターシャは 瞬と共に光が丘公園に繰り出した。 「ここは子供とおばちゃんしかいないから ダメ。綺麗な人がいるところに行くヨ!」 と言って、いつもの ちびっこ広場は素通り。 ナターシャは、瞬の手を引っ張って、テニスコートや弓道場のある区画へ向かった。 午前中からテニスや弓道の練習をしている人たちを検分し、その後、憩いの森、バードサンクチュアリ、ふれあいの径を巡る。 時折 ベンチで休憩を取りながら 2時間半ほど、ナターシャは目を皿のようにして マーマを探す作業を続けたのである。 広い光が丘公園を ほぼ周回し終えた時、ナターシャからは 当初の意気込みは ほとんど失われてしまっていた。 疲れた足を休めるために、公園を出てすぐのところにあるカフェラウンジに入った時にも、ナターシャは 店内にいる客やホールスタッフの観察を怠らなかったが、すぐに がっかりした様子で、ソファに身体を静めてしまったのである。 「こんなに いっぱい探したのに、瞬ちゃんより綺麗な人はいないヨ……」 いつもは、カフェに入ると 瞳を輝かせてメニューに見入るのに、今日は その気力も湧いてこないらしい。 まるで残業で疲れ切った会社帰りのサラリーマンのような空気を身辺に漂わせて、ナターシャは メニューに手をのばそうともしない。 マーマ探しが、決して簡単な仕事でないことに、ナターシャは やっと気付いてくれたようだった。 「綺麗な人は いっぱいいたと思うけど……」 「全然ダヨ! ナターシャは理想が高いんダヨ!」 「そ……そうなの……?」 「あったりまえダヨ! パパは あんなにカッコいいのに、マーマが綺麗じゃなかったら、ナターシャ、がっかりダヨ!」 華やかでカッコいい薔薇の花に釣り合う美しい花を見付け出すことの困難を 身をもって知ったらしいナターシャは、だが、これで マーマ探索を諦めるつもりはないようだった。 さすがは、諦めの悪さで定評のあるアテナの聖闘士の娘と言うべきなのだろうか。 ナターシャは、瞬の次の休みの日にスカイツリーにマーマ探しに行くことを決めると、やっとメニューに目を向けて、メロンのアイスクリームとマンゴーのアイスクリームのプレートをオーダーした。 公園の中を2時間半も歩き回って、一つの成果も上げられなかったのに、ナターシャがマーマ探しを諦めないのは、それがパパのためだから(ナターシャは そう信じているから)である。 寂しくてマーマを欲しいと思っているのが、氷河ではなくナターシャ自身だったなら、おそらく ナターシャは 今日の2時間半の探索だけで、マーマ探しを諦めていたに違いなかった。 パパを愛するナターシャの心に胸を打たれて――瞬は最後まで ナターシャに付き合ってやることを決意したのである。 どんなに頑張っても理想のマーマを見付けられなかった時、あるいは ついに見付けた理想のマーマを パパに受け入れてもらえなかった時、ナターシャを慰め、実らなかった努力が無駄とは限らないことを教えてやる人間が、ナターシャには必要だと思うから。 メロンのアイスクリームを一口 食べては、 「ナターシャは、こんなことで挫けないヨ!」 と言い、マンゴーのアイスクリームを二口 食べては、 「ナターシャは もっともっと頑張るヨ!」 と宣言するナターシャに微笑を返しながら、ナターシャの努力が実ることはないと信じている自分に、瞬は一種の嫌悪感を抱いていた。 同時に、これほど一途に パパの幸福を願うナターシャの努力が実らないことがあっていいのだろうかとも思う。 そして、もし ナターシャの努力が実を結んでしまったら、その時 自分はどうするのだろうと考える。 瞬は、大好きなパパのために 他の何も顧みずに 力を尽くすことのできるナターシャが 羨ましくてならなかった。 |