僕が氷河を嫌っていると、氷河が言っていたのは、冥界のジュデッカで、僕が氷河ではなく兄さんを呼んだからだったらしい。
それも、殺してもらうために。
「俺に相談もせず、そんなことを よくも勝手に決めたな」
って、氷河は僕を怒った。

冥界からの帰還後、僕が記憶を失っていたのは、沙織さんが一時的に僕の記憶を奪っていたから。
僕が記憶を失っている間、氷河が僕を睨んでいたのは(氷河は、『狂おしく見詰めていたんだ』って言い張ったけど)、僕が氷河に頼らず、自分が死ぬことで すべてを片付けようとしたから。
僕に対しても、ハーデスに対しても、兄さんに対しても、氷河自身に対しても――氷河は腹が立って仕方がなかったらしい。
特に 自分自身の無力――自分が無力に思えたこと、僕に無力だと判断されたこと――に。
僕は 決して氷河を無力と思ったわけじゃないし、そんなこと、一度も思ったことはないんだけど。

「おまえが呼んだのは、一輝だった」
氷河は そう言って、子供みたいに拗ねる。
自分が拗ねているだけだってことを、氷河は自覚しているから――既に理解していることを説得することはできないから――(たち)が悪い。
氷河はただ、自分が拗ねていることを、僕に見せつけたいだけなんだ。
そのたび、僕は、氷河を あやしてあげなきゃならない。

「氷河には、僕を殺せないと思ったんだよ」
「俺は、師も同輩も この手で殺した男だぞ。マーマだって、俺が殺したようなものだ」
「だから、もう、それ以上は――氷河の苦しみを増やしたくなかったんだ」
「一輝なら、苦しんでもいいというのか。一輝になら、甘えられるのか」
氷河は、それを甘えだと言う。
実際、僕は兄さんに甘えたんだけど。

「もともと、僕は一輝兄さんがいなかったら死んでいた人間なんだ。兄さんには僕の生殺与奪の権利があるんだよ。兄さんには、僕の命を奪う権利と義務がある」
兄さんは特別。
僕が そう言うと、氷河は また拗ねて、僕はまた氷河を あやさなきゃならなくなる。
そのせいで 僕は、僕が犯した“地獄に墜ちることも許されない罪”を思い出して 暗く落ち込む時間を持てなくなる。
僕が氷河に甘えないのは、僕が甘えなくても、氷河が勝手に そんなふうに僕を甘やかすからだよ。
甘えたくないのに――本当は、僕は 兄さんにも氷河にも甘えたくないのに――でも、僕は 僕を甘えさせてくれる人に弱いんだ。


僕が犯した、地獄に墜ちることも許されない罪。
アテナは、それを、
「あなたが犯した罪は、あなたの仲間たちの力と 私の力を信じず、自分の命を犠牲にして世界を救おうとしたことよ」
と言った。
「そして、あなたの贖罪は 生きる決意をすること」
と。

僕に与えられた命のすべてを使って、僕は、僕が犯した罪を贖うだろう。






Fin.






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