ナターシャは、パパのようにカッコいいナターシャではなく、瞬のように 優しいナターシャになることを決めたのである。
当然、氷河は、ナターシャの決意を大いに喜ぶだろうと、星矢と紫龍は思っていた。
翌朝、夜勤明けの瞬と 通常勤務後の氷河に、預かっていたナターシャを返した時も、星矢と紫龍は 自分たちが乙女座の黄金聖闘士と水瓶座の黄金聖闘士の逆鱗に触れる危険を排除し、ナターシャのお守りを完璧に やり遂げたつもりでいた。
二人は、これ以上ないほど 達成感に満ちていたのである。
が。

星矢と紫龍の許に、氷河から、
「星矢! 紫龍! 貴様等、ナターシャに何を吹き込んだんだーっ !! 」
という激怒の電話が入ったのは、ナターシャを氷河たちの手に戻して 僅か1時間後。
メールやメッセージではなく、あえて 同時通話の機能を使って 大音声を響き渡らせるあたりに、氷河の憤怒の激しさが伝わってくる。
だが、なぜ 氷河がそこまで激昂しているのかが、星矢と紫龍には わからなかったのである。

ナターシャは、“優しいナターシャ”になる決意をした。
その決意のどこに、どんな問題があるというのだ。
携帯電話が、バイブレーション機能のせいではなく、氷河の大音量のせいで震えている。
いったん切った方がいいだろうかと、星矢たちが考え始めた時、電話の相手が 氷河から瞬に変わった。

瞬の説明によると、氷河の激怒の理由は、ナターシャの、
「ナターシャは、マーマみたいに強くて優しいナターシャになって、パパみたいなカレシを見付けることにしたヨ。それで、マーマみたいに、カレシを監督してあげるんダヨ。カレシが いけないことしたら、マーマみたいに ナターシャが叱ってあげるヨ!」
という宣言のせいであるらしい。
その宣言を聞いた氷河は、ナターシャのライフプランと その目標に、
「俺みたいな ロクでなしの彼氏なんぞ、俺は絶対に許さないからなーっ!」
と大反対 & 大激怒。
星矢と紫龍が ナターシャに よからぬことを吹き込んだのだと決めつけて、氷河は いきり立っている――ということだった。

氷河は 自分という男をよく知っている。
であればこそ 氷河は、自分のような彼氏を持つことが ナターシャの人生を狂わせるだけだということを、容易に予測できたのだろう。
そんな事態は 絶対に許せないと、氷河は、そんな事態が現出する前から、怒り狂っているらしい。
実に傍迷惑な話だった。
元凶は、そんな決意をしたナターシャではなく、ナターシャに そんな決意をさせた お守り役たちでもない。
元凶は、氷河がロクでなしであることだというのに。

「ごめんね。氷河は すぐ落ち着かせるから、気にしないで。ほんとに ごめんね」
瞬(氷河というロクでなしのせいで人生を狂わされた人間)は幾度も星矢たちに謝ってから、氷河の電話を切ってくれた。
瞬は、相変わらず苦労しているようだった。
星矢と紫龍は、心の底から瞬に同情してしまったのである。
瞬への同情は、同時に 氷河への憤りを生む。
瞬にさせている苦労を ナターシャにはさせられないと、瞬の前で公言する氷河の身勝手に、怒髪天を衝きたいのは 星矢の方だった。

「にしてもさぁ。氷河ほどじゃないにしろ、ナターシャも どっか おかしいだろ。監督しなくても済む彼氏を見付けるっていう発想はないのかよ? 氷河みたいな彼氏を見付けるなんて、自分から、苦労を背負い込もうとするようなもんだ」
「それはそうだが……。それだけ、ナターシャは今 幸せだということだろうな。今が、ナターシャの幸せの理想形で、だから、将来 自分も同じ幸せを実現したいと願う。悪いことではない」
「ナターシャが幸せだってんなら、俺も横から余計な口出ししようとは思わないけどさー……ちぇっ」

ナターシャは 幸せいっぱい、夢いっぱい。
彼女の未来は、明るい希望に満ちている。
氷河のせいで しなくていい苦労をさせられている瞬も、星矢の目には、全く不幸に見えない。
見えないことが、星矢は 癪でならなかったのである。
本当に、癪で癪で ならなかった。

次に氷河に会う時、氷河は ナターシャに誤った決意をさせた仲間たちを ぶちのめすつもりで やってくるのだろうが、星矢は星矢で、氷河を返り討ちにする気 満々だった。
そんなふうに、義憤を我慢することができず、自分の怒りのままに戦ってしまう正義の味方たちがいる限り、平和の実現は難しいのかもしれない。






Fin.






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