秋の妖精






水瓶座のミストリアは、比較的まともだった。
山羊座の以蔵も、なかなか気持ちのいい男だった。
その二人のすぐあとに出会ったせいもあって、射手座の黄金聖闘士ゲシュタルトの異様さが、氷河には 際立って不快に感じられたのである。
下半身が馬――というだけでも、『いったい何のために?』と、人格(人馬格)を疑いたくなるというのに、その馬並みの下半身の原因が、いわゆるペットロスで、“ただの気のせい”、“ただの思い込み”に過ぎなかったというのだ。
もはや、彼を人類の一員だと思うことすらできない。

それが蛇遣い座の聖闘士オデッセウスの治療によるものだと知った時、氷河の中には『オデッセウス=変態育成者=関わり合いになりたくない変質者』という方程式が出来上がった。
患者が阿呆なら、医者も阿呆。
患者が変態なら、医者も変態。
誰が好んで阿呆な変態に近付きたいだろう。
良識を備えた善良な市民なら、死んでも お近付きにはなりたくないというものである。
(“良識を備えた善良な市民”の中に白鳥座の聖闘士を含んでいいのかどうかという問題は さておいて)氷河は そう感じた。

だが、現代に戻ってから、そのオデッセウスが ジェミニの黄金聖闘士カインの悪心アベルをオペで取り除き、綺麗さっぱり成仏させたという話を聞いて、阿呆の変態医師にも存在意義はあると、氷河は考えるようになった。
オデッセウスにも存在意義はある。もとい、オデッセウスには利用価値がある――と。
とはいえ、できれば、もう前聖戦の時代には飛びたくない。
では、どうしたらいいのか。
対応策を5分ほど考えて、氷河は“彼”に頼ることにした。
“彼”というのは、もちろん、時の神クロノスである。
姿形を持たず、変幻自在融通無碍の時の神クロノスは、氷河が その名を呼ぶと、すぐさま――光速を超えた神速で、氷河の許にやってきた。

「オリュンポス12神を超越していて、時を司り 時を制することのできる唯一の神である あんたなら、オデッセウスを現代に呼ぶことなど朝飯前だろう。無論、生きているオデッセウスだぞ。よろしく頼む」
あのオリュンポス12神を超越した神、時を司り 時を制することのできる唯一の神に対して 敬意の“け”の字も感じられない口調の氷河に、気分を害した素振りを見せないところが 大物の大物たるゆえん――といっていいだろう。
クロノスは城戸邸の庭の上空に いかにも怪しげに オリュンポス山の姿を映し出すと、不敬を極めているアテナの聖闘士に、
「呼んでどうするのだ」
と尋ねてきた。

「どうするもこうするもない。相手は医者だ。治療をしてもらうんだ」
「誰の」
「俺の」
「オデッセウスの力をもってしても、おまえの頭を治すことは不可能だと思うが」
「試してみなければ わからんだろう」
「試してみたいのか」
「ああ」
「それは……なかなか面白そうだ」
「だろう?」
「うむ」

有り余る力、有り余る時間。
時の神クロノスは、常に無聊をかこっている。
いつも退屈で死にそうな彼は、楽しいものが大好きなお茶目な神。
キーワードは『面白そう』。
彼は 極めて乗せやすく、乗りやすい神だった。
「よかろう。3日間だけ、おまえの時代に 生きているオデッセウスを呼んでやろう」
「さすがは 時の神クロノス。話がわかる」
と、氷河がクロノスを持ち上げた途端、城戸邸の庭の上空に 灰色の不気味な渦が出現。
その渦の中心から ゴゴゴゴゴ……と不気味に響く音と、落下物が一つ。
落下物は、一度 大きなクスノキの枝に受けとめられてから、びき ばき ぐしゃ ざしゃあという複雑怪奇な音を生み、最終的に 庭中から集められて小さな山を作っていた枯葉の塊の中に どさどさどさーっと着地(?)した。






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