「では、この世界のアテナ。星矢を――あなたの聖闘士たちを地上世界まで送らせていただきます。神ならぬ身のすることですので、不手際もあるかもしれませんが、その点は ご容赦ください」 「ありがとう。異世界の瞬」 沙織さんの瞳には、女神の威厳が戻っていた。 彼女の聖闘士たちの命が一つも欠けることなく、光の中、希望の中、未来の中に向かうことができる。 彼女の聖闘士たちは ただの人間でしかないのに、その命が守られるというだけのことで、彼女は偉大な女神でいられるんだ。 神々に比べれば非力な人間でしかないアテナの聖闘士たちが、神であるアテナを守っている――というのは、案外 本質を突いた事実なのかもしれない。 僕たちの女神の謝意を確かめると、異世界の僕――たった一人で生き延びてしまった僕が、彼の持つエネルギーで、僕たちを超次元の向こうに運んでくれた。 途轍もないエネルギーは、その力の強大さに比して 恐ろしく静かだった。 ハーデスの死によって消滅することになるのだろうと思っていたエリシオンが、神にしか通れない超次元の中を、ビッグバン直後の星みたいな猛スピードで遠ざかっていくのが見えた。 異世界の僕は、あの花園の中で、やっと死ぬことができるのか――。 彼の心は、でも きっと、彼の仲間たちの許に向かう。 そうだと信じたい――と思った次の瞬間には、僕たちはもう 光の中にいた――地上世界にいた。 星矢は まだ意識を取り戻していないけど、その心臓は 確かに動いている。 異世界の瞬は――そんなものが存在していた痕跡すら、この地上世界にはない。 そして、僕たちは生きていた。 泣けばいいのか喜べばいいのかが わからなくて――僕は、僕たちの世界に満ちている光の眩しさに目を細めた。 涙が出そうになった時、沙織さんが、 「どこの世界の瞬も、氷河の我儘に振り回されて、苦労しているのね」 心底 気の毒そうに 呟いた。 「それが、瞬の定めなのかもしれない」 紫龍が、珍しく、冗談と意識した冗談を言う。 紫龍の冗談は、紫龍自身は冗談を言った自覚のないものの方が多いのに。 そして、紫龍の冗談は、自覚していない冗談の方が 断然面白い。 人の命や人生に 定めなんかない。 僕は今では そう思うことができるようになりつつあるけど、その定めだけは――僕が氷河の我儘に振り回されて苦労することだけは、決して逃げることのできない僕の宿命なのかもしれない。 その我儘のおかげで、僕たちは 今こうして生きていられるんだから――異世界の氷河が 異世界の僕に『生きろ』と我儘を言ってくれなかったら――僕たちは死んでいたかもしれないんだから、その宿命に文句を言うわけにもいかないけど。 人間が、自分の愛する人に『生きていてほしい』と望む心は、本当に不思議だ。 それは時に我儘で、時に冷酷で、理不尽でさえある。 けれど――我儘でも、冷酷でも、理不尽でも、僕も最期の時まで 僕の氷河に『生きていて』と言い続けるだろうと思う。 『定めなんかない。生きていて』と。 Fin.
|