巨大ショッピングモールのメインストリートの中央部分は、5階までの吹き抜けのイベント広場になっていた。
週末や休日には 著名人を呼んでの各種イベント、平日の日中には未就学児童のための催し物が多いようで、そういった内容のイベントスケジュールの案内が出ている。
今日は どうやら、クリスマスケーキの販促イベントが行われているらしい。
広場の中央にステージが設けられ、ステージ上部には、『ミス・クリスマスケーキ コンテスト』という、訳のわからない看板が ぶら下がっていた。
『ミス・クリスマスケーキ コンテスト』の文言が 白地に赤い文字が書かれているのは、紅白の色で おめでたさを演出するためではなく、ショートケーキのクリームの白とイチゴの赤を表しているらしい。
ステージ上の装飾幕や 演出用の大道具小道具にも、やたらとイチゴの絵や飾りが並んでいた。

司会は、どこかから お笑いタレントでも連れてきたのだろう。
純白のスーツに、顔より横幅のある真っ赤な蝶ネクタイの道化スタイル。
ステージの下には、見物人が3、400人ほど。
通路のあちこちに、ステージの様子を映し出す大型スクリーンが設置されており、それらのスクリーンにも それぞれ百人単位の人だかりができていた。

「純白のクリーム、真っ赤に熟した甘いイチゴ。最もイチゴのショートケーキを彷彿とさせる美少女は、はたして誰なのか! ミス・クリスマスケーキコンテスト、いよいよ 審査が終了したようですー!」
とにかく盛り上げなければならないという義務感からなのか、司会が 不自然なほどに興奮した様子で マイクに向かい 声を張り上げている。
全く興味のないミスコンの仔細を 無理矢理 聞かされる氷河の機嫌は最悪だった。

「何が、イチゴのショートケーキを彷彿とさせる美少女だ。くだらん。実に くだらん。資源の無駄使いだ」
吐き出すように言って、氷河が大型スクリーンから顔をそむけた その視線の先にも別のスクリーンがある。
ますます嫌そうな顔になった氷河を、星矢は 軽く笑い飛ばした。

「でも、ちょっと面白いじゃん。クリスマスツリーみたいな女の子でも サンタクロースみたいな女の子でもなく、イチゴのショートケーキみたいな女の子なんだぜ。やっぱり、日本のクリスマスの本質は、ケーキにあるんだよ。ツリーがなくても、サンタがいなくても、ケーキさえあれば、日本のクリスマスは成り立つんだ!」
星矢は、イチゴのショートケーキのような美少女に興味があるのではなく、あくまで 食べ物に敬意を払っている。
彼は、ぶれない価値観の持ち主として定評のある男だった。

「ブッシュ・ド・ノエルのような女と言われても、イメージが湧かないからだろう。全く軽率なイベントだ。反人種差別団体からクレームが来ても知らんぞ」
言いながら、氷河が その視線をスクリーンの一つに向けたのは、ミスコンの参加者に黒人がいた場合に、自らの発言を撤回しなければならないと思ったからだった。
氷河の予想通りに、ステージ上に黒人の美少女はいなかったが。

氷河の顔が強張ったのは、だが、そこに 黒人の少女が一人もいなかったからではない――そうではなかった。
巨大ショッピングモールのイベント広場からのびているメインストリートの両脇に設置された6台ほどの大型スクリーン。
その大型スクリーンには、ステージ上の、ミス・クリスマスケーキコンテストの採集審査に残ったのだろう10名ほどの十代の少女が映し出されていた。
ほとんどが、ショートケーキをイメージしたのだろう白いフレアスカートを着用。
全員が、リボンやブローチ等、赤いアクセサリーをつけているのは、白いクリームの上に飾られている赤いイチゴを模したものらしい。

中に ひときわ特殊な容姿と雰囲気を持つ少女がいた。
他の少女と一線を画しているのは、彼女だけがスカートではなくパンツスタイルだから――ではなかった。
もちろん、それもショートケーキのような美少女を選ぶコンテストでは不適当な(それゆえ目立つ)衣装選択だったかもしれないが、それよりも。

何かの間違いかとおもうほど端正で整った顔立ち。
彼女の顔は、生きた人間の顔とは思えないほど歪みがなく、純白の生クリームで覆われたスポンジケーキの上に 測ったような等間隔で真っ赤なイチゴを飾ったショートケーキのごとく シンメトリーだった。
数学の図形のように、完璧な左右対称。
エントリー番号まで、左右対称の8番。
にもかかわらず、全く冷たい印象を抱かせず、可愛らしいのだ。イチゴを飾った純白の甘いショートケーキのように。

ステージの上の司会者は、幅30センチはあろうかという真っ赤な蝶ネクタイを揺らしながら、声を張り上げている。
「コスモスモール主催、記念すべき第一回 ミス・クリスマスケーキコンテストの優勝者は、審査員全員一致で、エントリーナンバー8、東京都C区から お越しの――」
「瞬ーっ !! 」

瞬が本名で このコンテストに出場していたのかどうかを 氷河は知らなかった。
が、そんなことは、この際 問題ではない。
ともかく、あらゆる問題を大気圏外に追いやって、記念すべき第一回 ミス・クリスマスケーキコンテストの優勝者の名前を発表したのは、コンテストの司会者ではなく、一見物人にすぎない氷河だった。

常設ではなく組み立て式の、高さ1.5メートルほどのイベント用ステージ。
いわゆる地下アイドルと呼ばれる少女が幾人かエントリーしているらしく、そのファンとおぼしき男たちが ステージ真下に固まって陣取っている。
その男たちを踏み台にしたかのような勢いで ステージに飛び上がった氷河は、エントリーナンバー8の美少女の腕を掴み上げた。

「こんなところで、何をしている! 何を考えているんだ! おまえは、自分が男だということを忘れたのかっ。女に間違われることを、あんなに嫌がっていたのに、よりにもよって美少女コンテストとは、勉強のしすぎで狂ったか!」
一気呵成に 言いたいことを怒鳴り終え、氷河は肩で息をした。
「氷河……」
人違いであればいいと願っていたのに、人違いではなかった。
瞬のように特異な容姿と雰囲気の持ち主が他にいるはずがないと 確信してはいたが、それは やはり瞬だった。
紛う方なき瞬の声で、紛う方なく瞬の顔をした人物に名を呼ばれ、氷河は、天を仰いで神を呪いたい気分になってしまったのである。






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