「300万、稼いだ?」
「金が振り込まれるのは、来月25日になってからだがな。さすがは瞬。世に二人といない稀有な人材だ。瞬の動画は、予想より はるかに速いペースで再生され続けている」
瞬を絶賛する氷河の説明によると、氷河が作成・公開した動画は5本。
クリック数を稼ぐためというのではなく、再生に長い時間がかかるものは敬遠されるので、あえて分割したらしい。
その5本の動画が、現時点で、それぞれ100万回以上、計500万回以上 再生されている。
無論、それだけでは動画公開者に入ってくる金額は50万円程度なのだが、氷河は その動画に、学校法人グラード学園高校の1クリック50円の広告を付した。
その広告が かなりの高確率でクリックされていて、その広告収入が既に1000万円を超えている。
この調子でいけば、年末までには2000万に届いてしまう――らしい。

「グラード学園高校の広告? なんで そんなものがつくんだよ?」
「それは もちろん、俺が作った動画が グラード学園高校のPR動画になっているだからだ。うちの学校は、今年から、日本の高校ではどこも実施していない一日体験入学制度を導入したんだ。そのPR動画を、瞬で作った。無論、沙織さんに企画を持ち込み、許可と協力を得た。撮影機材も最高の物を用意してもらった」
「沙織さんに企画を持ち込んだのか。なるほど。それは、何かと便宜を図らってもらえただろうが……」
「でも、もともと ウチの高校に在籍してる瞬が ウチの高校に体験入学したって、意味ないだろ。それを体験入学の記録だってことで公開したら、ある意味 詐欺だし」
「俺個人が遊びで作るなら ともかく、沙織さんの許可を得ているのに、そんな詐欺まがいのことができるか。瞬が体験入学したのは、グラード学園女子高等学校だ」

「は……?」
「なに?」
星矢だけでなく紫龍も、氷河が何を言ったのか、すぐには理解できなかったのである。
わかっていない星矢と紫龍を その場に残し、氷河の説明だけが どんどん先に進んでいく。

「一日体験入学の申し込みをした瞬が、グラード学園女子高等学校に 生徒として登校し、校内施設の案内を受け、英語と作法の授業を受け、部活動の見学をする。そこまでを10分×4本の動画にまとめた。で、最後の1本が“衝撃の結末”編。グラード学園女子高等学校での体験入学を終えた瞬が、グラード学園男子高等学校の校門を通り、自分の教室の自分の机に着席したところで終わり」
「な……なに?」
「それ、どういうことだよ? 全然 理解できないんだけど」
「おまえ等と同じように 訳がわからなかった奴等が こぞって、グラード学園高校の広告をクリックしてくれた」
「……」
「ついでに、この世界では五指に入るほどの有名人 ジャスティン・ペーポーに 瞬の動画を送りつけたら、瞬が ただの美少女じゃないことを感じ取ったらしく、俺の動画を 彼の800万人のフォロアーに紹介してくれた。おかげで、俺の動画は公開1週間で1000万を稼いでくれた」

得意満面、鼻高々の氷河の横で、瞬が困ったような笑みを浮かべている。
女子校に一日体験入学をして、最後まで男子と ばれなかったことに、瞬は恥じ入っているのだろう。
――と、星矢と紫龍は思ったのだが、瞬の複雑怪奇な微笑の原因は そんなものではなかった。

「エスメラルダさんの借金の返済は 少しでも早い方がいいでしょう? それで 氷河は、来月 振り込まれる予定の動画の広告代を担保に、沙織さんから お金を借りて、エスメラルダさんの借金を返してしまおうとしたんだ。事情を聞いた沙織さんが、何か引っ掛かるところがあったらしくて、事情を調べてくれたの。それで、エスメラルダさんのお父さんのせいで骨折して 1年間就労不可能になったはずの人が、実は怪我なんかしていなくて、診断書が偽物だったことを 突きとめてくれたんだ。エスメラルダさんのお父さんは、騙されて、借金を背負わされていたの。グラードの方で 裁判を起こすって言ったら、すぐに借用書を返してきたんだって。結局、エスメラルダさんの借金はなくなったの。逆に、沙織さんが、示談金として、恐い人たちから100万円を せしめてくれたよ」
「は……?」

氷河の作った動画の意味もわからなかったが、この落ちは もっと わからない。
それは つまり、氷河は 最初から そんな動画を作る必要がなかった――ということなのではないだろうか。
自分の作った動画が エスメラルダの借金をないものにしたという認識でいるのか、氷河は 相変わらず得意顔だったが、氷河の その得意顔に、星矢と紫龍は今度こそ 心から呆れてしまったのである。
これは、どう考えても、“大山 鳴動して、鼠一匹出てこなかった”と表すべき状況だった。



氷河の八面六臂の活躍(?)のおかげで、一輝は 年齢を偽っての仕事をせずによくなり、エスメラルダは自由に外出ができるようになった。
エスメラルダの借金は もともと存在しないものだったのだから、氷河の尽力(?)に感謝する必要はないとばかりに、一輝は、最愛の弟を性別不肖高校生動画の主役にくれた氷河への不快を隠すことなく、氷河に対する一輝の態度は 以前にも増して刺々しく攻撃的なものになっている。
「エスメラルダさんを見世物にするより、いいでしょう。氷河は悪くありません!」
そんな氷河の周囲に 鉄壁の防御の陣を張って、瞬は兄の攻撃から氷河を庇い続けていた。

「しっかし、こんな一攫千金の方法を すぐに思いつくのに、なんで おまえ、配送なんて地味で地道なバイトをしようとしてたんだよ?」
それは星矢の素朴な疑問だった。
星矢の素朴な疑問に、あまり普通ではない答えが 氷河から返ってくる。
「一攫千金も何も、俺は、それが 人助けだから思いつくのであって、俺自身は金が欲しいわけではないからな。俺が バイトをするのは、瞬の勉強の邪魔をしないための苦肉の策だ」
「何が人助けのためだよ。目的は、一輝の厄介払いだろ。だから、おまえは こんな策を思いつけたんだ」
「一輝も それがわかってるから、恩に着る気配もないしな」
「エスメラルダは、俺の恋を応援をすると言ってくれたぞ。人柄は顔に出るな。彼女は、一輝には勿体ないほど優しく、恋の何たるかがわかっている聡明な少女だ」
「おまえの恋を応援――って、それもどうかと思うけどさぁ……」

氷河の作った動画は、今でも着々と再生回数を増やし、広告収入を稼ぎ続けている。
が、氷河は、動画作成者の人格権以外の権利(財産権としての著作権等)は すべて沙織に譲渡してしまった。
「あの動画で稼いだ金で、1000万の時計を買って瞬に贈っても、瞬が喜ぶとは思えん」
という理由で。
瞬と同じ家で、瞬の仲間として暮らしていられる現況を手放したくないので、氷河は 何かと制約の多いグラードの奨学生でいることをやめるつもりもないらしい。


師も走りまわるほど 慌ただしい師走に、大金が動き 多くの人の話題をさらう 大騒ぎを巻き起こしたというのに、結局 騒ぎの張本人である氷河の周囲は 以前と何も変わらなかった。
これほどの騒ぎの果てに、氷河の恋は 進展らしい進展を見せていないのだ。
何の変化もない。
せいぜい、エスメラルダという味方を一人 得たことと、(一輝は決して認めないだろうが)一輝に恩を売ったことくらいのものである。
とはいえ、牛の歩みも千里。石の上にも三年。
そんな ささやかな変化が、やがて大きな成果につながることもあるのかもしれない。

「お正月には、兄さんとエスメラルダさんが一緒に過ごせるようにしてあげようね」
という瞬の言葉を、『お正月は、僕、氷河と二人で過ごしたいな』という意味だと決めつけて 悦に入っている氷河は、いずれ 輝かしくも おめでたい恋の勝利者の栄光を その手にすることになるのかもしれなかった。






Fin.






【menu】