さて、ナターシャ姫は大変可愛らしいお姫様でしたが、ナターシャ姫のパパであるパパ王様は ナターシャ姫を溺愛する超親馬鹿パパでしたので、ライトヒル王国の王室は、ナターシャ姫の お婿さん選びには とても苦労することになるだろうというのが、衆目の一致するところでした。 ちなみに、ナターシャ姫の理想は、パパ王様よりカッコよくて強くて、マーマお妃様より綺麗で優しい王子様です。 王子様でなくて貧しい家の男の子でもいいのですが、その場合は、マーマお妃様より お利口でなければなりません。 経済力、武力、権力の不足は、知恵と創造力で補うのです。 そして、ナターシャ姫より可愛い王子様は不合格です。 お姫様より 王子様の方が可愛かったら、お姫様の立場がありませんからね。 ナターシャ姫は、パパ王様とマーマお妃様の恋のお話を パパ王様から何度も聞かされて、パパ王様とマーマお妃様のような恋をしたいと思っていました。 そのためには、いつか王子様が来てくれるのを、お城の奥で待っているだけでは駄目だと思っていました。 でも、パパ王様の意見は正反対。 ナターシャ姫が大きくなったら、お婿さん募集の大舞踏会を開いて、厳しいチェックをして最高のお婿さんを選ぶから大丈夫と、パパ王様はいつも言っています。 だから、その時まで、詰まらない男に引っ掛かることがないように、ナターシャ姫は一人で お出掛けするのは絶対禁止だと、パパ王様は言うのです。 ですが、ナターシャ姫の希望は、パパ王様とマーマお妃様のように、燃えるように激しい恋に落ち、心を燃やし、身を焼き、胸を焦がすこと。 『お迎えに参りました。姫』と言ってやってきた王子様が 好みのタイプでなかったら、目も当てられません。 ナターシャ姫の理想は、雲より お陽様より お星さまより高いのです。 ナターシャ姫の理想は、世界一カッコよくて強いパパ王様よりカッコよくて強くて、世界一綺麗で優しいマーマお妃様より綺麗で優しい王子様。 論理的に考えたら、この世界に そんな王子様がいるわけがありません。 けれど、ナターシャ姫は、いつもパパ王様に、『信じて貫けば、夢は必ず叶う』と教えられていましたので、理想を低くすることなど 考えもしないのです。 『信じて貫けば、夢は必ず叶う』というのは、パパ王様の座右の銘。 皆さん、誤解してはいけませんよ。 この言葉を、耳に心地良いだけの綺麗ごとと思うのは 大きな間違いです。 この言葉は、つまり、『信じているだけでは、夢は叶わない』という、厳しい戒めの言葉なのです。 信じているだけでは駄目なんです。 信じて、貫かなければ。 『信じて貫く』とは、『夢が叶うことを信じて、夢を叶えるための努力を続ける』ということ。 つまり、『努力しろ!』『行動しろ!』ということなのです。 ですから、ナターシャ姫は、素敵な王子様探しの旅に出ることにしました。 もちろん、パパ王様は大反対です。 パパ王様は、本当は、ナターシャ姫が 一生 素敵な王子様に巡り合えなくてもいいと思っているくらいでしたからね。もちろん大反対。 いつもは 親馬鹿病のパパ王様を諫め、なだめてくれるマーマお妃様も、今回ばかりは心配顔でした。 「ねえ、ナターシャちゃん。ナターシャちゃんは、まだ4つなんだよ。氷河はきっと、ナターシャちゃんが4つの5倍くらい大人になってからでないと、ナターシャちゃんを お嫁にやろうとしないだろうし、今からそんなことを心配する必要はないんじゃないかな」 ナターシャ姫は、基本的に、パパ王様とマーマお妃様の言うことを よくきく とてもいい子です。 いい子にしていると、パパ王様が喜んで、マーマお妃様が褒めてくれるので、ナターシャ姫は いい子でいるのが大好きなのです。 ですが、それは、いい子でいることを いいことだと思うから。 いい子でいると、みんなが幸せになると思うからです。 ナターシャ姫は、何も考えずに 何でもかんでもパパ王様とマーマお妃様の言うことをきくだけの、考え無しの いい子とはわけが違うのでした。 「デモデモダッテ、パパとマーマは、今のナターシャくらい小さな頃に 出会ったんでショ? それで、今のナターシャくらいの頃にはもう、すごく仲良くなってたんでショ? パパがそう言ってたヨ。マーマは、ナターシャくらい小さな頃から、とっても綺麗で優しかったっテ」 「氷河が……?」 「そ……それは そうだが、ナターシャは 何もかも俺たちと同じである必要はないんだ。俺と瞬には、俺と瞬の出会いがあった。ナターシャには ナターシャの出会いというものがあってしかるべきで――」 ナターシャ姫が素敵な王子様探しの旅に出ることにした原因が 自分の自慢話だということを知って、パパ王様は ぎくりと身体を強張らせました。 マーマお妃様の責めるような視線を気にしながら、パパ王様は慌てて、ナターシャ姫の決意を翻させるための説得開始。 けれど、ナターシャ姫の決意は とてもとても堅かったのです。 「コーイン 矢のごとしダヨ。まだ4つだと思って、ユダンして、ダラダラしてると、ナターシャ、あっというまに おばあちゃんになっちゃうヨ!」 光陰の“光”は お陽様、“陰”はお月様のことです。二つを合わせると“月日”。 『光陰 矢のごとし』は、要するに、『年月は 飛ぶ矢のように あっという間に過ぎ去ってしまう』という意味です。 ナターシャ姫の歳で、そんな言葉を知っているのは 大変立派ですが、ナターシャ姫の歳で そんなことを心配されると 大人はちょっと困ってしまうのでした。 「そんな心配をしなくても、ナターシャちゃんが おばあちゃんになるのは、ずっとずっと先だよ」 「ナターシャは、おばあちゃんになってから 慌てないように、王子様探しの旅に出るヨ。それで、ナターシャは、オトコを見る目をヤシナウんダヨ!」 男を見る目を養う。 いったいナターシャ姫は そんな言葉をどこで覚えたのでしょう。 マーマお妃様は、教えた記憶がありません。 ですから、犯人は どう考えてもパパ王様です。 マーマお妃様に睨まれて、パパ王様は小さくなってしまいました。 そんなこんなで、ライトヒル王国の王様とお妃様の間では、それから あれこれ 色々 すったもんだがあったのですが、その“あれこれ すったもんだ”は、ナターシャ姫の決意に いかなる影響を及ぼすこともありませんでした。 ナターシャ姫の決意は変わらなかったのです。 信じて貫かなければ、夢は叶いませんから。 かくして、ナターシャ姫は 素敵な王子様( =お婿さん)探しの旅に出ることになりました。 小さくて可愛いナターシャ姫を一人で旅に出すわけにはいきませんから、もちろんパパ王様も一緒です。 ナターシャ姫のお供がパパ王様一人だけだと危なっかしいので、マーマお妃様がパパ王様の監督につくことになりました。 ナターシャ姫はともかく、王様とお妃様までが 素敵な王子様探しの旅に出てしまったら、ライトヒル王国はどうなってしまうの? ――と、皆さんは 心配するかもしれませんが、その心配は無用です。 もともと 際立った統治能力に恵まれているわけではないパパ王様が ライトヒル王国を無事に治めていられるのは、彼の周辺に、聡明で良識的なマーマお妃様を筆頭に 有能なブレーンが幾人もいて、彼等がパパ王様を補佐しているからでした。 判断力はピカ一、実務能力にも長けた紫龍大臣。 実行力と決断力に定評のある星矢王宮伯。 “国防はお任せ”、国の軍事的非常時にだけ どこからともなく姿を現わす一輝将軍。 等々、ライトヒル王国には、有能なスタッフが大勢いたのです。 ナターシャ姫一行の旅立ちの日。 マーマお妃様の実兄である一輝将軍は、いつも通り どこかに姿をくらましていましたが(それは平和な証拠です)、留守番役の 紫龍大臣と星矢王宮伯は 呆れ顔で、旅に出る親子を見送ってくれました。 「まあ、ナターシャは賢いから、素敵な王子様探しなんて 無意味で無駄で無益だってことを 早々に悟るだろう。王子サマなんて、どこの国の王子サマも ろくなもんじゃないからな」 それが、氷河王様とマーマお妃様への紫龍大臣と星矢王宮伯の餞別の言葉でした。 もちろん ナターシャ姫には聞こえないように。 紫龍大臣と星矢王宮伯には、素敵な王子様を見付ける気満々のナターシャ姫の やる気を殺ぐ気はなかったのです。 世の中には、教科書に書いてあることを読むだけでは、本当に理解することが困難な事柄というものが幾つもあるのです。 自分の目で見て、耳で聞いて、感じて、判断して――つまり、自分で経験して学ばなければならない事柄が。 「星矢お兄ちゃん、紫龍おじちゃん。ナターシャ、行ってくるヨ!」 「ああ。怪我と病気にだけは気をつけるたんだぞ」 「瞬の言うことをよく聞いて、なるべく早く帰ってこい」 星矢王宮伯と 紫龍大臣は、ナターシャ姫の旅が有意義なものになることを確信していました。 つまり、ナターシャ姫が旅に出た先で、いろいろな物事を 自分の目で見て、耳で聞いて、感じて、判断して――つまり、いろいろな物事を自分で経験して学んで、今より もっと賢いお姫様になって帰ってくることを。 さすがに、4歳で 素敵な王子様探しは 早すぎると思ってましたけれどね。 |