ナターシャなら大丈夫だろう。
瞬と同じことを、星矢と紫龍も思っていた。
ナターシャには瞬がついている。

「んでも、好きだの嫌いだの 愛だの恋だので、損得勘定ができているようじゃ、確かに まだまだホンモノじゃないよなー。瞬なんか、損にしかならないのに、氷河の世話を続けてるし」
『損にしかならない』という評価は 大いに不本意だったのだろうが、氷河は星矢への反駁には及ばなかった。
瞬が水瓶座の黄金聖闘士の世話を続けて“得になること”が、氷河には 思いつかなかったのかもしれない。
氷河の弁護に立ったのは、瞬だった。

「得がないわけじゃないよ」
「『氷河と一緒にいると、毎日 退屈しない』というのは、“得”とは言わんぞ。それは、毎日 新しいトラブルを持ち込まれ、毎日 新しい迷惑を被っているというだけのことだ」
「え……」
言おうとしていた 氷河の“お得”要素を、間髪の差で 紫龍に先に言われ、しかも それで釘を刺されてしまった瞬は、言うべき言葉を失い、途方に暮れてしまったのである。
だが、ナターシャ家は 専守防衛を旨としているがゆえに、迎撃態勢は万全。
すぐ そこにナターシャからの強力バックアップが入り、
「パパは世界一カッコいいパパだから、見てるだけでオトクダヨ」
瞬もまた すぐさま 態勢を立て直して反撃に出た。
「氷河が お得かどうかはわからないけど、氷河はナターシャちゃんを連れてきてくれたしね」

「なるほど」
「そう くるか」
某国自慢の最新鋭迎撃システムとて、ナターシャ家の鉄壁の防衛システムの足元にも及ばないだろう。
光あふれる地上世界。
この広い世界の中に、氷河ほど 損得抜きで愛されている男はいないだろう。
この事実を覆すことは、アテナの聖闘士の力をもってしても不可能。
瞬の兄にすら できないことが、普通の(?)聖闘士である自分たちにできるわけがないと悟り、星矢と紫龍は その難事業の遂行を、早々に諦めたのだった。

いずれにしても。
五人の聖闘士たち――今 この場にいるアテナの聖闘士たちと 瞬の兄――にとっての“節分”――人生の季節を はっきり分けた日――は、五人が初めて城戸邸で会った日、そして、五人がアテナの聖闘士として再会した日以外には考えられなかった。
次に 五人の季節が変わるのは、おそらく、五人の内の誰かが、あるいは 全員が、この地上世界から消える日だろうことも。

人間の人生の季節を分ける出来事は、結局のところ、出会いと別れの二つに集約されるのだ。
常に 死と隣り合わせの戦いを戦い続けているアテナの聖闘士たちは、出会いの価値を よく知っており、別れの覚悟もできている。
だからこそ、出会いから別れの時までを 大切に過ごそうと思うのだ。
問題は、
「ソッカー。パパはマーマを好きになって、春が来たんだネ。ヨカッタネ、パパ」
と パパとマーマの恋物語に瞳を輝かせるナターシャには、(無表情にしか見えないが一応)相好を崩す氷河が、
「マーマがパパに春を持ってきたみたいに、ナターシャにも春を持ってきてくれる人がいるヨネ。ナターシャも早く、ナターシャの春の人に会いたいナー」
パパとマーマのように素敵な恋を夢見るナターシャの乙女心を 全否定してしまうことだった。

「ナターシャに春を運んでくる男か。それは当然、瞬より優しくて、瞬より強くて、瞬より頭がよくて、瞬より稼ぎがあって、ついでに 俺より いい男でなければならんぞ」
氷河は、損得を考えて そんなことを言っているのではない。
たとえナターシャの春の人が、フォーブス長者番付の常連であっても、ハリウッドの有名イケメン俳優であっても、一国の王であっても、氷河は問答無用で二人の交際に反対するだろう。
誰であっても駄目なのである。
ナターシャに釣り合う男など この世に存在するはずがないというのが、氷河の認識なのだから。

氷河が 損得で そんなことを言っているのではないところが、かえって問題を ややこしくしている。
パパに愛され過ぎているナターシャの春は、標準より少々遠いところにあるのかもしれなかった。






Fin.






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