「アカリをつけマショ、ボンボリにー。オハナをあげマショ、モモのハナー」 千代紙を並べて、三人の着物の色と柄を選ぶだけでも、数日かかった。 「オヨメにいらしたネエサマにー、よく似たカンジャの白いカオー」 選んだ千代紙を、切って、折って、貼って。 ナターシャは、細かい作業も 面倒がらず、丁寧に丁寧に進めていく。 パパとマーマとナターシャの人形を 自分の手で作りたいナターシャは、氷河には幸いなことに、パパには制作過程の要所要所で感想を求めることしかしなかった。 同様に、瞬にも 作業手順のミスの有無の確認しか依頼しない。 致命的なミスを犯さないナターシャに、瞬がしてやれる手助けは、『うれしい ひなまつり』の正しい歌詞を教えてやることくらいのものだった。 「ナターシャちゃん。カンジャじゃなくて、カンジョだよ。患者だと病院になっちゃう」 「エ……カンジャじゃないノ?」 ナターシャは完全に本気で、病院の青白い顔の患者を思い浮かべて、雛祭りの歌を歌っていたらしい。 そして、『なぜ雛祭りに病人を連れてくるのか』と不思議に思っていたらしい。 瞬が訂正を入れると、不思議そうに、そして不思議が不思議でなくなることを期待しているような目で、 「カンジョってナニー?」 と、瞬に尋ねてきた。 そのナターシャの隣りで、三人患者を想像して笑っている氷河に気付かぬ振りをして、瞬がナターシャの質問に答える。 「官女っていうのは、お雛様のお世話をする女の人たちのことだよ。お雛様は、ナターシャちゃんと違って、一人で お着替えもできないからね。お世話をする人がいないと何もできないんだよ」 「お雛様の着物は長くて、いっぱい重なってるもんネ。お雛様は大変ダネ」 「ん……うん……」 てっきり、『ナターシャは一人でお着替えできるヨ!』と得意がってみせると思っていたのに。 ナターシャは、お雛様の着物を作っているうちに、十二単着用のお雛様の大変さを認識するに至ったらしい。 「そうだね。あの着物を脱いだり着たりするのは、とっても大変だろうね」 ナターシャは 注意深くて、考え方も優しい。 ナターシャの優しさが嬉しくて、つい微笑んでしまうのは、自分も氷河と大差ない親馬鹿だからなのかもしれない。 そう思って、瞬の微笑は苦笑に変わってしまったのである。 だが、その苦笑は すぐに微笑に戻る。 ナターシャは 真剣な顔で、ナターシャ人形のリボンの色をどうすべきか、氷河と話し合いを始めていた。 ナターシャ以上に真剣な氷河の眼差しが、瞬の唇を ほころばせる。 ナターシャと出会う前には 想像すらできなかった、このシチュエーション。 今ほど、氷河を幸せな男だと思ったことはない。 氷河の幸福を、一片の疑いもなく確信できるので、瞬も今、氷河に負けず劣らず 幸福だった。 |