「マーマは、世界でいちばん誰が好き?」
店に出掛けていく氷河を『行ってらっしゃい』で見送ったあと、リビングルームのテーブルで、ふいにナターシャに尋ねられたことがあった。
「え?」
「ナターシャ以外で」
当然のことのように、ナターシャは、 その選択肢から“ナターシャ”を除いた。

「パパは、マーマって言ってたヨ!」
パパの幸せに関することでは 恐ろしく勘がよく 賢い子なので、ナターシャは、
「困ったな。『ナターシャちゃん』って答えようとしたのに」
という瞬の答えを見越していたのかもしれない。
彼女は向きになって、
「ナターシャ以外 !! 」
と強調してきた。

ナターシャは、パパの幸せを、誰よりも何よりも願っているのだ。
そのために、
「氷河だよ」
というマーマの答えを引き出すべく、懸命になっている。
瞬の答えを聞くと、途端に、ナターシャは ぱっと嬉しそうに明るい笑顔になり、
「ヤッターッ !! 」
大きな声で歓声をあげ、盛大に万歳をした。

瞬が『氷河』と答えたのは、選択肢から“ナターシャ”を除けば、マーマが世界一 好きな人は『氷河』になると信じているナターシャに免じて―― ナターシャが それほど自分がマーマに愛されていることを信じてくれていることが嬉しかったから――だったのだが。
溢れんばかりの氷河の愛を受け、氷河を見習い、ナターシャは 愛する技にも愛される技にも長けた、まさに愛すべき少女に育ってくれていた。
あの愛すべき少女は、『それでも、ナターシャちゃんが いちばん』と答えても、『氷河』という答えほどには 喜ばなかっただろう。
パパの幸せが、ナターシャのいちばんの願いだから。
パパがマーマを大好きでいることを知ってるナターシャは、マーマもパパを大好きなことを、もしかしたら氷河より強く深く望んでいた。

ナターシャのおかげで、無意味な意地を張れなくなり、瞬は どれほど素直な自分でいられたことか。
瞬の幸福は、初めてナターシャと会った時、彼女が 瞬をマーマと呼んでくれた時に始まった。
「ありがとう、ナターシャちゃん」
氷河の肩に頬を預けて、瞬は 胸の中で ナターシャに語りかけた。
『ありがとう』でなければならないのだ。
ナターシャが氷河に与えたものが、幸福以外の何かであってはならない。
「大丈夫だよ。時間はかかると思うけど、僕は必ず ナターシャちゃんの大切なパパを立ち直らせるから――氷河の幸せを守るから」

『マーマがついててくれれば、ナターシャ、安心ダヨ!』
それこそ 氷河の母親のような口調で、ナターシャは瞬に 笑顔を向けてきた。






Fin.






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