「処分って、なに? 辰巳たちは、氷河をどうする気なの」
瞬は すぐに、兄と仲間たちに、自分が漏れ聞いた大人たちの計画を報告した。
“城戸邸にいる大人たちの動向に関して 何らかの情報を掴んだ場合は、速やかに皆で情報共有”が、城戸邸に集められた子供たちの不文律だった。
城戸翁の意向、メイドたちに下された指示、辰巳たちの計画(その計画が楽しいものであることは、滅多にない)。
すべての情報を一ヶ所に集め、その情報を共有して、事前に対策を講じておかないと、子供の人権など あってないような家にいる子供たちは、時に理不尽な暴力や飢えに耐えなければならなくなるのだ。

「使い物にならないものを処分する、か。普通はゴミに出すことだが」
「人間の場合は、殺すことだろう」
「そんな……」
穏和な顔をして、兄より過激な可能性を口にする紫龍に、瞬は震え上がった。
「でもさ。あいつ、今でも死んでるようなもんだろ。どんだけ、美人で優しいマーマに甘やかされてたのかは知らないけどさあ」
星矢が、半分 呆れ顔で両肩をすくめる。

氷河の母親が どんな女性だったのかを知る者は、城戸邸に集められた子供たちの中には一人もいない。
が、その人は、素晴らしい美人で、途轍もなく優しい人――というのが、子供たちの定説になっていた。
美貌は 氷河の姿から、優しい気質は、母を失った氷河の消沈振りからの推察なのだが、おそらく その推察が事実と 大きく かけ離れていることはないだろう。

平素なら『いつまでも、ぐすぐず めそめそしてんなよ。男だろ!』くらいのことを言っているはずの星矢が、今の氷河には何も言わずにいるのは、氷河の大切な人は死んでしまったのに、星矢の大切な人は生きている可能性があるからだった。
瞬は、そう察していた。
何事にも大雑把で、粗野といっていいほどの星矢の、奇妙な律儀、わかりにくい優しさ。
無神経にも思える星矢の根底には 優しさがあることが わかるので――瞬は 星矢が好きだった。

「他の おうちの子は、大人になるまで甘やかされ続けるよ」
「……確かに、かわいそうだけどさ。俺たちに何ができるんだよ。マーマの代わりに、なでなでしてやんのか」
「さすがに、なでなでされたら怒るだろう」
「怒る気力があるかなあ、あいつ」
「……」

星矢の(おそらく冗談半分に)呟いた疑惑の答えを、実は瞬は知っていた。
とても 仲間たちに正答を教える気にはなれなかったが、知っていた。
数日前、部屋の隅の壁際に微動だにせず 座り込んでいる氷河の頭を、彼のマーマの代わりに慰めてあげたいと考えて なでなでしてみた瞬に、氷河は完全に無反応だったのだ。

「氷河は、母親が死んだことより、母親を助けられなかった自分の無力に苦しんでいるのではないか? あいつは、自分を愛してくれた母親を助けられなかった自分には、生きている価値や意味がないと思っているんだ」
「ぼ……僕も、そんな気がする!」
紫龍が やっと、いつもの紫龍らしい 深慮からの見解を口にしてくれたことに、瞬は安堵した。
そうなのだ。
紫龍の言う通り。
辰巳は氷河を『見込みがない』と言っていたが、氷河にないのは“見込み”ではなく“気力”なのだ。
氷河には、“生きる気力”がない。
その気になれば、氷河は絶対に、自分より見込みがある。
と、瞬は思っていた。
氷河の問題は、気力、意欲、やる気なのだ――と。


「氷河は、今のままでは 廃人まっしぐらだろうな」
「ハイジンって何」
「生きている死人という意味だ」
紫龍が、また ひどいことを言う。
泣きたくなって眉根を寄せた瞬の頭に、一輝の手が置かれた。
「仲間を助けたいという おまえの気持ちは わかるが、氷河が生きていこうという意欲を持たない限り、俺たちにはどうしてやることもできん」
「……」

例え話や推察ではなく 事実だから、兄の言葉は重かった。
そうなのだ。
氷河が、生きていたい、生きていこうという意欲を持ち、その意欲を目に見える成果として示すことをしない限り、氷河は処分される対象であり続ける。
そして、いつか処分されてしまう。
瞬は、それが嫌だったのである。
優しく美しいマーマに愛されてきた氷河。
氷河が このまま失意のうちに 処分されることを、氷河のマーマが喜ぶとは、瞬には どうしても思えなかったから。






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