自分の悲鳴で目が覚めた。 頬は既に涙で びしょ濡れ。 枕に、悲しみの跡が 滲んでいる。 どんなに叫んでも、呼んでも、返事がないことが わかっているから、瞬は最初から泣いていたのだ。 パパを幸せにするために 一生懸命に生きていた、あの可愛らしい女の子が もういないことを知っているから。 もう いないのだ。 あの 小さな、健気な、氷河の幸せを そのまま形にしたような 愛しい子は。 「あ……」 ナターシャの喪失が ここまで尾を引くとは思っていなかった。 氷河の悲しみを少しでも減らそうと、氷河の喪失感を少しでも埋めようと、氷河の心に寄り添いすぎて、自身の傷を深めてしまった。 悲しみに汚染された傷口を掻爬洗浄するために広げた傷口が、いつまでも 塞がらない。 学生の頃にも犯したことのない診療ミスに、瞬は いまだに苦しめられていた。 時計を見ると、午前3時をまわっている。 4月1日の午前3時。 こんな夢を見て、こんな時刻に目覚めてしまうのは、眠りの質が低下しているからなのだろう。 アテナの聖闘士で、医師でもある身で、この自己管理のできなさは、あまりに情けない。 瞬が 自分の未熟を責め始めた時――音を立てずに、氷河が寝室に入ってきた。 どうやら こんな時刻に瞬が目覚めてしまったのは、アテナの聖闘士として 医師として自己管理ができていなかったからではなく――それもあったかもしれないが、それだけではなく――帰宅した氷河の気配を感じ取ってしまったせいだったらしい。 自身の心身のコントロール能力の低下は さほどのものではないらしいと、瞬は、そのことには安堵した。 「起こしてしまったか?」 帰宅に気付いて目覚めても、互いに気を遣わないために 横になったままでいるのが、二人の暗黙のルールになっていたのに、瞬が寝台の上に上体を起こしていたので、氷河は何らかの異変を案じたらしい。 小さなセーフティライトだけがともっている薄闇の中で、氷河の青い瞳が 魔法の宝石のように輝いている。 「……夢を見ていたの」 「夢?」 4月1日はエイプリル・フール――嘘をついてもいい日。 瞬は、用心のために、目をこする振りをして、頬と睫毛に僅かに残っていた涙を拭い去った。 「うん……。一輝兄さんと氷河が喧嘩して、地上を滅茶苦茶にする夢。一輝兄さんがゴジラで、氷河がガメラの大スペクタクルだよ。僕は、とばっちりを受けないように、地上を逃げ惑うしかなくて……。ひどい目に会ったよ。綺麗に咲いてた桜の花は散っちゃうし」 「ゴジラにガメラ? そこに、モスラとキングギドラが加わっても、おまえなら瞬殺できるだろう。いや、だが、せっかくの春の宵。もう少し風情のある夢を見ればいいのに」 「ゴジラにガメラを瞬殺だなんて、か弱い僕に、そんなことができるわけないでしょう。でも、本当、もう少し情緒のある夢だったらよかった」 叶わなかった夢。果たされなかった計画。 あんな幸せな夢は見たくなかった。 「氷河ガメラ、頑張ってたよ。一輝兄さんゴジラと、意外と いい勝負だった」 「『意外と』は余計だ」 ちょっと機嫌を悪くしたような様子を見せる氷河をなだめるために、瞬は、彼の首に腕を絡めて、その頬に頬で触れていった。 大丈夫。 もう頬の涙は乾いている。 氷河に気付かれることはない。 気付かれても、ゴジラとガメラの喧嘩のせいだと言えばいい。 許されるはずだった。 4月1日は、愛する人を悲しませないために嘘をつく日だから。 Fin.
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