「ねえ、ナターシャちゃん。ナターシャちゃんの夢はなぁに? ナターシャちゃんは、大人になったら、何になりたいの?」
「ナターシャの夢?」
瞬に問われたナターシャは、自分の分のケーキを星矢のフォークから守るべく 皿の周囲に両手で壁を作ってから、彼女の夢を語り始めた。
それは 当然のことながら、『アテナの聖闘士になる』ではない夢だった。

「んーとネ。ナターシャは、大人になったら、お花屋さんか ケーキ屋さんか お洋服屋さんになるんダヨ。デモ、マーマみたいに お医者さんにもなりたいノ。そうしたら、パパが怪我した時、ナターシャが手当てしてあげられるでショ。ソレデ、パパみたいなバーテンダーさんもカッコいいなって思うノ。パパと一緒に綺麗なお酒を作るのもやってみたいノ。ナターシャ、なりたいものが いっぱいあって、大変ダヨ。ナターシャ、迷っちゃうヨ」

ナターシャは、なりたいものが たくさんあって、夢を一つに絞り切れないでいるらしい。
ナターシャの歳なら、それが普通だろう。
夢は数えきれないほど。可能性は無限。
ナターシャが 音楽家になりたいなら、今から いい教師に師事した方がいいのだろうが、それはナターシャの夢の選択肢に、(今のところは)含まれていないようだった。
瞬は その事実に安堵したのである。
が。
「そっか。なりたいものが たくさんあって……そうだよね」
ナターシャの夢が“聖闘士になる”でないことがわかれば わかったで、少し寂しい気もしてくる。
自分の身勝手に、瞬は苦笑した。

「デモ、ナターシャは、やっぱり、可愛い お洋服屋さんがいいんじゃないかと思ってるノ。お花屋さんやケーキ屋さんは、ナターシャが悪者と戦ってる時、すぐにお店に戻れないと、お花が枯れたり、ケーキが焦げたりするかもしれないカラ」
「悪者と戦っている時? え? どうして?」
瞬に『どうして?』と問われたナターシャの方が、『どうして?』な顔で、首にかしげる。
それは、ナターシャには 不思議なことでも何でもなかったのだ。
アテナの聖闘士をしながら、病院の勤務医。
アテナの聖闘士をしながら、バーのバーテンダー。
最も身近な大人であるパパとマーマが そうなのだから。

ナターシャの将来の夢は、ダブルワークが前提。
アテナの聖闘士として戦いながら、どんな仕事をするか。
その選択肢が多すぎて、ナターシャは迷っていたのだ。
それは そうだろう。
「ナターシャの憧れの人は、なんつっても パパとマーマだもんな。憧れの人の真似をしようとしたら、どうしたって、そうなるよなー」

星矢が2切れ目のケーキの獲得を断念したのは、完全に想定外のナターシャの夢に呆然としている瞬から、ケーキを かすめ取るのは気の毒と思ったからだった。
子供のいる家庭の日々は、思いがけない事件の連続。
家族団欒用の週末ケーキくらいは、ちゃんと食べさせてやりたいと、星矢は思ったのである。

「子供の親やってるのって、アテナの聖闘士やってるより大変そうだなー」
ほぼ他人事の のんきな声で そう呟き、星矢は眉をひそめたのだった。
もちろん、左右の眉を一緒に。






Fin.






【menu】