「ナターシャちゃん? どうしたの?」
マーマは、ナターシャの えすおーえすに驚いて、ナターシャを抱き上げて、ナターシャのおでこにマーマのおでこをくっつけて、お熱を確かめた。
お熱がないことを確かめると、ナターシャとマーマの前に並んで立ってる パパと星矢お兄ちゃんと紫龍おじちゃんの顔を順番に見て、最後にナターシャに、
「ナターシャちゃん、何があったの?」
心配そうに、もう一度訊いた。

ナターシャがパパのいちばんは誰なのかを確かめなきゃって思ったのは、星矢お兄ちゃんと紫龍おじちゃんに、悪者カーサのことを教えてもらったからだっタ。
パパが悪者カーサみたいな敵と戦うことになった時、パパがナターシャのせいで負けちゃったら大変だから、そんなの ナターシャ 絶対に嫌だカラ、もしパパのいちばんがナターシャだったら、その時には、偽物のナターシャを やっつけてって言うためだっタ。

ナターシャは憶えてなくて、忘れちゃってるんだけど、前に シュラに 聞いたことがあったんダヨ。
ナターシャは昔、悪者に操られて、パパを倒そうとしたことがあったんだって。
パパは その時には まだナターシャのパパじゃなかったのに、悪者ナターシャが小さな女の子だったカラ、うまく戦えなくて、本当はすごく強いのに大ピンチだったんだって。
ナターシャは、パパがナターシャのせいで大ピンチになるのは 絶対に嫌だから、ナターシャがパパのいちばんだったら、パパを大ピンチにしない方法を考えておかなきゃならないって思ったんダヨ。
なのに、パパは いつまでも『うーんうーん』って唸ってるだけで、いちばんを決めてくれないし、ナターシャ、もう泣きそうダヨ。

もしパパのいちばんがマーマで、悪者カーサがマーマに化けたなら、パパは敵が小さな女の子だから戦えなくて大ピンチになることはないでショ。
マーマはパパより強いカラ、力いっぱい戦ってもパパが偽物マーマに勝てるかどうかは わからないケド、デモ、敵が小さな女の子だから戦えないってことはナイ。
問題は、パパのいちばんがナターシャだった時なんダヨ。
きっと、パパは、偽物で悪者のナターシャが小さな女の子だから、力いっぱい戦えない。
パパは優しいカラ、きっと戦えない。

「パパがナターシャのせいで悪者に倒されるのは嫌ダヨ。パパがナターシャのせいで悪者に倒されるくらいなら、ナターシャはパパの二番目の方が ずっといいヨ!」
ナターシャは、頭が めちゃくちゃのぐちゃぐちゃで、どうしたらいいか わからなくて、マーマにしがみついて泣き出してタ。
パパが『うーんうーん』って唸るのをやめたのが わかった。
マーマにしがみついてるナターシャの頭を パパが撫でてくれて、それから パパは、
「瞬」
って、マーマのことを呼んだ。
どうすればいいのか わからない時、パパはいつも こんな声でマーマを呼ぶ。
そうすると、大抵 マーマが問題解決の秘策を、パパのために考えてくれるんダヨ。
マーマは、今日もパパのために秘策を考えてくれた。

「そうだね。カーサの技は、オレオレ詐欺みたいなものだから……オレオレ詐欺の撃退方法の真似をしようか。事前に秘密の合言葉を決めておけばいいんだよ。氷河が、これはナターシャちゃんの偽物かな? って思える人に会ったら、その時、氷河は、偽物かもしれないナターシャちゃんに、『リンゴとバナナのどっちが好き?』って訊くことにしよう。もし偽物が偽物だったら、きっとリンゴかバナナのどっちかを好きだって答えるでしょう? でも、本物のナターシャちゃんは『いちばん好きなのはイチゴダヨ』って答えるようにしておくんだ」

オレオレ詐欺って、ナターシャ、知ってるヨ。
知らない人の おうちに電話をして、『俺だよ、俺。困ってるから、お金ちょうだい』って言って、お金をもらおうとする人がいるんダヨ。
『金がほしいなら、額に汗して働けばいいのに』って、前に パパが言ってタ。
ナターシャも そう思うヨ。
ナターシャのパパとマーマは 正義の味方をして、お医者さんやバーテンダーもして働いている。
ナターシャだって、欲しいおリボンやお洋服があったら、お掃除や ご飯の跡片付けのお手伝いをして 働くヨ。
オレオレ詐欺って、秘密の合言葉を決めておいて、ほんとに“俺”なのかどうかを確認するんダネ。

「偽物が リンゴかバナナを好きって答えたら、氷河にはそれがナターシャちゃんの偽物だってことがわかる。もちろん、悪者カーサは ナターシャちゃんの姿をしているから、氷河は戦いにくいと思うけど、そんな卑怯な罠を仕掛けてくる悪者が 可愛いナターシャちゃんに化けてるんだって思ったら、氷河はとっても腹が立つ。『本物のナターシャちゃんは もっと可愛い』って激怒して、氷河は一瞬で悪者を倒しちゃうよ」
「パパ、ほんと?」
マーマが そう言うんだから、きっとマーマの言う通りなんだと思うけど、ナターシャは、一応パパにも確認してみた。
パパは、
「瞬の言う通りだ。カーサみたいな不細工がナターシャに化けてるんだと思うと、そんな身の程知らずは1秒でも早く倒してしまわれなければ、俺の怒りは収まらないだろう。当然、俺は その身の程知らずを光速で倒す。だから、俺がナターシャのせいで悪者に負けることは 絶対にない」
だって。

パパの答えを聞いて、ナターシャは大々々安心。
「パパ。リンゴとバナナのどっちを好きか 訊くのをわすれないデネ」
って 念を押して、これにて一件落着ダヨ。
ナターシャ、とっても安心したカラ、パパに言ったんダヨ。
パパが偽物ナターシャに倒されなくなって、ナターシャ、スゴク嬉しいって。
それを聞いて、パパも嬉しそうにしてたんだけど、パパは 段々 あんまり嬉しくなさそうな顔になって、
「ナターシャは、いちばんでなくても平気なのか」
って、ナターシャに訊いてきた。
ナターシャは、
「ほんとは二番目が いちばん安心だケド、秘密の合言葉が決まったカラ、今はどっちでもいいヨ」
って答えた。
「いちばんも二番目も、大好きは大好きデショ」
って。

パパは――パパは、変なふうに顔をくしゃっとして、ちょっと口を尖らせた。
パパは もしかしたら、それでも、マーマのいちばんになりたい気持ちが消えなかったのかもしれない。
マーマがパパのせいで大ピンチになるとしても、それでも パパはマーマのいちばんでいたいのかもしれない。
口の中で、「ナターシャの次だっていうのなら、まだしも」だの「カーサごとき不細工野郎に、俺の完コピができるわけがないのに」だの、小さな声で ごにゃごにゃ言ってたパパは、急に“いいこと思いついた!”の顔になって、パパの考えた“いいこと”を発表した。

「念のために、偽物のおまえが現れた時の合言葉も決めておこう。俺は おまえに、『一輝と星矢と紫龍の中で誰がいちばん好きだ?』と訊く。おまえからの答えは『いちばん好きなのは氷河』だ」
って。
“もしかしたら”じゃなく“本当に”パパはマーマのいちばんに こだわってたみたい。
十何年も――もしかしたら、何十年も。

「なんで、ここで、このタイミングで、んなド阿呆なこと、思いつくかなぁ。いちばんも二番も好きに変わりなし、好きに順番をつけることに大した意味なし。って、結論が出たところでさぁ」
星矢お兄ちゃんが、すーごく呆れた顔で、そう言っタ。
ナターシャも、ちょっと おんなじ気持ちになっちゃっテタ。
パパは どうして、そんなことを言うんだろう。
ナターシャは、パパのことが大好きだケド、パパは あんまり お利口さんじゃないと思ウ。
それとも、パパは、マーマに叱ってほしくて、わざと そんなことを言うのカナ?

光速で動いたみたいだったカラ、ナターシャ、何が起こったのかを 自分の目で確かめるのは無理だったケド、パパは いつのまにか 床に ベちゃって倒されちゃってタ。
パパのいちばんがナターシャだと、悪者カーサが現われた時、パパは大ピンチになっちゃうけど、悪者カーサが現われなくても パパはいつも大ピンチみたい。
パパが大ピンチになるのは、もしかしたら マーマやナターシャのせいじゃなく、パパのジゴージトクなのかもしれない。






Fin.






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